10

 真っ暗な闇の中、一人で立っていた。光源がないにも関わらず自分の姿が見えている理由が全く分からないが、見渡す限り闇が広がっている。だけれど不思議と恐ろしくはなかった。
 ――……にんを……し……
 ふと、声が聞こえた気がした。しかし声が遠くて何を言っているのか、はっきりと聞き取ることが出来ない。

「何て言ったの……?」

 ――……だいの……きん……三人を……して……
 独り言のように呟くと、声が近くなった。それでもまだちゃんとは聞き取れない。耳を澄ませ、意識を集中させる。何故かは分からないが、時間がない気がした。

「お願い、もう一度……」

 願うようにそう言った瞬間、りいんと鈴の音が聞こえた。次いで遠くの方から光が差し込んでくる。声はあちらから聞こえるようだ。
 ――先代の王の側近の三人を探して。

「え……?」

 女の声でそう言ったのを、確かに夏希は聞いた。



* * *



「――……」

 ゆっくりと瞼を上げる。瞬きをして辺りを見ると、高かった日はすっかりと落ちて、暗くなっていた。電化製品の無いこの世界での夜は、夏希が予想した通り蝋燭を灯して過ごすらしい。
 ぼんやりとした灯りが部屋を照らしている。この蝋燭が無かったら夏希の目には何も見えなくて、部屋の中で右往左往する羽目になっただろう。蝋燭を見つけたところで火を灯すための道具など何一つ持っていなかったし。
 そこまで考えて、そういえばこの蝋燭に火を灯したのは誰なのだろうと部屋を見回すと。

「起きたか」
「……おはよう」
「そんな時間じゃねえけどな」
「……うん」

 向かい側の寝台に、いつの間に帰ってきたのかイシュバインが一冊の本を読みながら座っていた。どうやらこの部屋の蝋燭に火を灯したのは彼のようだ。まあ考えれば当然だが。
 少し眠って頭がだいぶスッキリしていた。昼間本屋で読んだ歴史書のこともあるし、夢の内容も気になる。彼と話すなら今だろう。 

「イシュバイン……あ」

 そういえば名前を呼ぶなと言われていたのだった。慌てて口を押える。とはいっても一緒に過ごす過程で、名前が呼べないのはそれはそれで不便だ。呼ぶのにいちいち肩を叩いたりしなくてはいけないかもしれないし。
 少し考えて、あだ名ならどうだろうかと思った。イシュバイン――呼ぶのならばイシュ、だろうか。もし彼が本当に皇子なら、このように呼んでいる者は居ないだろうし、分かりにくいとは思うのだが。

「えっと、ねえ」
「あ?」
「この町に入る時、名前呼ぶなって言ったでしょ?」
「……ああ、そのことか。その顔を見るに、もう理由は分かってるんだろ?」
「うん。……皇子様、なんだよね?」
「過去のことだけどな。今はもう、王位継承権はないと思うぜ。最も、この国は血筋よりも能力を重視する傾向にあるから、なろうと思えばなれるとも思うけど。アイツが王位に就いたように」

 そう言って夏希に見せたのは、彼女も読んだ歴史書であった。夏希が読んでいる最中は彼の姿を見かけなかったが、あの後入れ違いで訪れたのかもしれない。
 イシュバインは先代国王について書かれているページを開きながら言う。
「憶えているのはアイツが親父を殺そうとしているところだ。昨日鈴が鳴った瞬間に見えた光景は、確かに俺が憶えている最後の記憶。多分あの後俺はおふくろによって逃がされた。そうして眠らされたんだ。あれが……もう百年前の出来事だなんてな」
 目を伏せて言う彼に、夏希はかける言葉を見つけられなかった。目が覚めた時にそこが自分が憶えている時よりも百年も進んだ世界だった時の心境は、彼女には分からない。悪魔の寿命がどれほどのものかは知らないが、百年も経ってしまえばだいぶ変わってしまっていることだろう。
 自分が生きていた時代よりも百年も進んだ時代で、これから彼はどうするのか。

「これから、どうするの?」
「……とりあえず俺の他にも親父の側近だった奴らを探す。俺が生きてるんだ。アイツらも無事なはず。そんで……そうだな。親父の敵討ち、というわけじゃねえけど、アイツを玉座から引きずり落とす。親父云々を置いておいても、アイツの治世は俺は認めない」

 イシュバインは今日、現状を把握すべくこの町を隅々まで見て回ったらしい。そこで見つけた差別。この町は悪魔以外の種も受け入れてはいるが、その扱いはあまり良くはない。現に、とある店で働いていた鬼の少年は、着ている服も与えられる食事も粗末なものだった。恐らくあれでは給料も出てはいないだろう。
 だがそれでも、受け入れてもらえるだけこの町は良心的な方なのだ。別の種族というだけで、町や村に住まわせてもらえない者も多くいる。そうなれば、彼らは魔物に襲われる恐怖を抱えながら生きていかねばならない。

「町や村には魔物を阻むための結界が張ってあるからな。中に居られるだけ安全だ。この町にも張ってあったぜ。とはいっても、あまり良いもんじゃなかったが」
「そうなんだ……」
「今はどうだが知らないが、俺が憶えている限りでは鬼は一本角の者が殆どだったな。一本角の鬼は戦闘能力はあまり高くないから襲われれば危険だ。昔は二本角の者が多かったらしいが、鬼狩りで数が激減してから二本角の鬼はそう見なくなったらしい。吸血鬼は日光が苦手だと聞く。昼間に魔物に襲われちゃひとたまりもない筈だぜ」
「そんなに強いってわけじゃないんだね」
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