NOVEL | ナノ

「告白しちゃおっかなあ」
 その言葉に視線を上げると鏡ごしに彼女と目があった。鏡ごしに彼女は私に向かってふんわりと笑う。視線を元にもどして、ピンク色のリップスを、唇にぬっている彼女は髪の毛からつめの先まで、「恋する女の子」だ。元から可愛いのに、及川先輩を好きになってから、彼女はもっと可愛くなった。いきいきとした雰囲気が彼女の体に満ちている。恋をしています、と言わんばかりのそれがまぶしくて、目を細めた。茶色がかった彼女の短い髪の毛がふわふわと揺れる。及川先輩が、短い髪の毛が好きだと聞いて、彼女は伸ばしていた髪の毛を切った。くせっけなんだよと、長い髪の毛をゆるく結んでいた彼女が懐かしい。私は短い髪よりも、長い髪の方が、ずっと似合ってると思う。
 くしを取り出して、髪をすき始めた彼女を見て、どうやら恋をすると女の子はかわいらしくなるといううわさはどうやら本当だったみたいだ、なんて思った。彼女はひどく可愛い。誰よりも綺麗、だ。幽かに色づいた彼女の唇から視線をそらす。彼女の恋は、こんなにも綺麗なのに、どうして私の恋は、醜く歪んでいるのだろう。
「告白したらうまくいくと思う?」
 弾むようなその問いに、あいまいに微笑んだ。きっと大丈夫だよ、と言葉をそえて見せれば、彼女はとろけるような笑顔でそっかあと笑う。恋をする女の子は傲慢で、盲目的だ。たぶんそれは、彼女も、―――私も例外ではないんだろう。だって彼女の視界には彼以外映っていない。だから私の表情の意味にも気づかない。それに私の言葉がなんであれ、彼女の選択肢はただ一つだ。
 そんな彼女の様子に、慣れ親しんだ諦めの感情と、真実をぶちまけて彼女を傷つけてしまいたいという欲求が心に滲む。もうずうっと我慢を強いられてきた私の恋心はすでに限界だったのだ。


「君の髪、オレ、すごく好きだな」
 その言葉とともに、私の長い髪の毛が彼の手によって持ち上げられた。私たちの他には誰もいない図書室に、その声は思いのほか響く。私の髪の毛に視線を落とした及川先輩は、そっと髪の毛に口付けをおとした。王子様みたいだと、そのしぐさにぼんやりと思った。先輩の整った容姿のおかげで、普通の男の人ならば、笑えてしまうようなそのシチュエーションは、驚くほど画になっている。
 けれど、その美しい光景以上に、及川先輩の言葉が引っかかって、私は首をかしげた。
「及川先輩、短い髪の方が好みだっていってませんでしたっけ」
「うん、そうだよ。でも好みと好きは違うデショ?」
 にんまりと微笑みを浮かべた及川先輩に、わざと溜息をついてみせる。髪の毛を好きだと言ってもらえるのは素直に嬉しかった。だけど恥ずかしかったから、照れ隠しに、溜息。先輩もわかっているのか、何も言わず笑みを深めた。
 先輩の手から、私の髪が離れる。腰に手をまわされて、引き寄せられると、彼の端整な顔がぐっと近づいた。手が頬に添えられる。及川先輩の瞳がいとしいものをみるように、優しく細められる。
「先輩は褒めるのが上手ですねえ」
「んー、オレは本当のことしか言わないよ? それにキミだから、かな」
 冗談のようにつむがれた、けれど本気であろう言葉に、私もふっと微笑む。私の笑みに、及川先輩の指は、そっと私の頬を撫でた。近づく先輩の顔に、おとなしくまぶたをつぶる。
 先輩の唇が私に触れる。柔らかなその感触に思わず、先輩の制服をつかんだ。先輩のくすくすとした笑い声が耳に触れる。悔しくなったので、先輩の顔が離れたのを見計らって、今度は私から口付けた。驚いた先輩の表情が視界の隅にはいる。その表情に満足してふふっと笑うと、彼も、笑った。
「オレ、ほんとキミのこと好きだなあ」
 諦観がこもったような、穏やかなその声は、先輩には似合わなかった。いつもはもっと、ひょうひょうとした声だというのに、その声はひどく優しい。先輩、と名前をよぶと、幽かに彼は寂しそうな笑みを浮かべて、私の耳にそっと唇を押し付けた。
「キミがオレを好きではなくても、ね」
 耳に囁かれた言葉と同時に、ばさばさと本が落下する音が聞こえた。そちらに顔を向けると、目を見開いた彼女が物陰からこちらを見ていた。何がおこっているのか理解できていないのか、それともしたくないのか、彼女の体はかわいそうなほど震えていた。見開かれていた大きな瞳に、みるみるうちに涙が浮かんでいく。見られていたのだという事実を私も理解できなくて、思わず及川先輩に視線を向けると、彼はふっと微笑んでいた。彼女がいたことに先輩は気づいていたらしい。
 握っていた先輩の制服に、力を込めると、先輩は彼女から私をかばうように前にたった。そのことに、今、この状況がまぎれもない現実だと彼女は理解したのか、小さくうそ、とつぶやいた。私の心臓が大きくはねる。とりかえしのつかないことをしてしまったという自覚が心をしめつけた。けれどそれと同時に甘い恍惚感が心を満たした。彼女の傷ついた顔がたまらなく嬉しかったのだ。
「どうして……?」
 彼女の瞳が絶望に、瞬いた。そんな彼女の表情に胸が高鳴った。信じられないよね。恋をずっと応援してくれていた親友が、自分の大好きな先輩とキスしちゃう仲だなんて、そんなのあっちゃいけないことだよね。許せないよね。私、ずっとそんな顔が見たかったんだよ。何も知らずに、私の前で及川先輩が好きだって笑うあなたが許せなかった。許せるはずもなかった。だって、だってね、私。 
 ―――私だって、ずっとあなたのこと、好きだったの。

上手に手を伸べて、踊りましょう

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