NOVEL | ナノ

 みょうじさんと桜木花道の二人が一緒にいる様子を目にしたのは本当に偶然のことだった。絡まれているのか? 声をかけたほうがいいのだろうか? と一瞬、冷たい汗が背中に滲みそうになったが、みょうじさんの浮かべている表情を見ていると違うようだった。いろんな意味で有名なバスケ部の人物(有名なのは所属しているのが何かと派手なバスケ部だからという理由だけではない)との組み合わせにそういえばみょうじさんはバスケ部だったんだっけ? と自信のない記憶のひっかかりを思い出す。バスケ部と関わりがあるだけで違ったかもしれない。みょうじさんとはクラスメイトとして必要があれば会話をするが、つまりそれだけの関係性だった。
 その二人は校舎の中でも随分端にある、寂れたベンチに腰掛けていた。その組み合わせは見ている人間にかなりの違和感を覚えさせたが、二人の間にある空気は互いに親しみを抱いている関係のものだった。
 桜木花道の方が何かを熱心に話しているのをみょうじさんが相槌を打っている。それが嬉しいのか、桜木花道はすれ違うだけで通りすがった人間に威圧感を与えるぎょっとするような巨大な体を丸めるようにして彼女に向き合っていた。自分は桜木花道という男子生徒と会話もしたことがなかったし彼自身の派手な見た目と噂での言動しか知らなかったが、それらを覆すような姿だった。その姿は彼がよく共にいるのを見かける人間たちと大きな声で騒ぎ合っている時とはまったく違う、まるで主人に構われることに尻尾を振らずにはいられなくなるような大きな犬を連想させた。
 話に熱がこもったのか、桜木花道の身振り手振りが大きくなりベンチから余っていた膝がみょうじさんの足にぶつかる。その瞬間に桜木花道の体が固まるのが見てとれた。顔がその髪のように赤く染まる。間をおいてから慌てたようにベンチから飛びあがりかけた桜木花道の膝に、みょうじさんが手を置いた。
 赤くなった顔を見上げ覗き込んだみょうじさんに、二人の間の空気が緩むのが会話も聞こえない距離の遠目のこちらにも分かった。みょうじさんが笑みを浮かべ、それを見た桜木花道の顔も緩む。顔の赤みも引かないまま眉を下げたその顔は、目の前の存在が愛しくてしょうがないのだということを雄弁にあらわしていた。
 見る機会がない他人のまるっきり無防備なその表情に思わず釘付けになっていると、彼等の顔が近づき、重なる。一瞬の接触ののちにすぐに離れた二人が目を合わせ、微笑み合っている。人影のない場所で行われた絵に描いたようなワンシーンに、あの二人はそういう関係だったのだなと他人事のような感想を覚えた。正直どうしてその二人が一緒にいることになるのかが全く想像がつかなかったがそれが強く気になるほどの関心はなかったからだ。思いあっているのが分かるその光景の眩しさだけが印象的だった。
 だから二人がそういう関係である自体はすぐに記憶の海に沈み、忘れていた。二人の関係を思い出したのは、みょうじさんが桜木花道ではない男子生徒とあのベンチに腰掛けているのを見た時だった。
 その人数の多さから会話どころか名前も知らずに卒業することになるだろう関係性の人間も多いこの学校の中で、その名を知らずに卒業する生徒はいないだろう、桜木花道と並んで飛びぬけて有名な流川楓がみょうじさんと二人であのベンチに腰掛けていた。桜木花道の時とは違いみょうじさんが何かを話しているようだ。相槌を打っているのか返事をしているのか身動きがないので全く分からないが、少なくとも流川楓の方に聞く気があるのは分かった。流川楓はみょうじさんの顔を凝視していたからだ。流川楓の彼に近づきたがって声をかける女子生徒や関心のないものに対してのまるで存在していないような振る舞いは校内でよく見られることだったので流石に同じバスケ部? だとそういう態度なのだなと思った。そう思ってから、距離の近さに違和感を覚えた。
 流川楓はそうすることになんの照れもない様子で、みょうじさんの膝に自らの顔が上を向くようにして頭をのせた。その姿に、桜木花道と過ごしていた二人の様子を思い出して、心臓が嫌な痛みを覚える。その時に初めて自らの意志で様子を見つめてしまった。
 みょうじさんは膝に乗っている流川楓の黒い髪を、見ている人間にすら伝わる優しい動きで撫でた。流川楓はされるがまま、みょうじさんの顔を眠ることなく見上げている。校内の女子生徒の大半がそうなりたいと望むだろうシーンだったがそれどころではなかった。
 以前にこの場所で見かけてから日数は経っていない。恐らくこれからも関わりなく卒業するだろう自分でも、犬猿の仲であることを耳にするような"あの二人"と、同時に……? と想像するだけで恐ろしくなるようなことを思い浮かべて、"まさか"と内心で否定する。ならば別れたのだろうか?
 みょうじさんは背をかがめて自分の膝にある誰もが見惚れる流川楓の顔を覗き込み、微笑んだ。声も出せずに見入って、他人の事だというのに動揺している自分とは裏腹に、二人は世界に相手しかいないように見つめあっている。流川楓の腕がみょうじさんの後頭部を引き寄せるのは一瞬のことだった。顔が重なり、流川楓の長い腕が縋るようにみょうじさんの体にまわったのを認識して、耐えられなくて思わず目を逸らした。
 その出来事の後、無意識にみょうじさんが視界に入るようになった。気づかなかっただけでそもそもあの二人は時折みょうじさんに会いに来たり、迎えに来ているようだ。流川楓はもちろん桜木花道がみょうじさんに駆け寄るのも何度か目にしていた。別れた人間にこんな風に駆け寄るのか? そんな疑問を抱きかけ、そうなると明確に"まずいこと"なのではないかという答えを出してしまいそうになったまま、それでも表面上は何も変わらない日常を送っていたが、三度目を目の当たりにすることになる。
 必要があってある教室の前の廊下で壁に寄りかかりながら待っていると桜木花道とみょうじさんの二人は現れた。喧騒の響く廊下の中、二人は話をしていた。思わず視線を意識的に逸らし、二人のいない廊下の向こうを見つめる。それでも声というより音で耳に届く二人の声音からは潜められながらも仲の睦まじそうな様子が伝わってきていた。
 しばらくそうしていると廊下の向こうに、黒い髪の背の高い男子生徒を見た。流川楓だった。こちらを、――"二人"を見据えた流川楓の、もともと鋭い目がもっときつくなる。こちらに歩んできていた流川楓がその足を速めた。
 二人の喧嘩はとんでもないらしいという噂を思い出す。恐ろしいことが起こるのではないか? そんな想像で凍り付いていると、こちらの横を、流川楓が通り過ぎていく。桜木花道と同じくらいに威圧感のある流川楓の体格を改めて感じて心臓が強く打った。
 思わず視線をそっと上げ、三人の方へやる。みょうじさんは寄り添うようにして桜木花道の横に立ったまま、その姿を隠したり取り繕うことなく、流川楓に手を振った。手を振られた流川楓は、二人に歩み寄り、桜木花道とみょうじさんの間にこじ開けるように入って(その際に桜木花道の体をわざわざ手で押しのけていたが予感していたような暴力とはかけ離れていた)みょうじさんを見下ろした。さっきとは違う大きな桜木花道の声が聞こえてくる。が、揉めているわけではないようだ。
 その瞬間に、開け離れていた窓から風が吹き込む。下ろされているみょうじさんの髪が巻きあがり、その下の首筋を晒した。彼女の首筋の肌にはなにかの赤い跡がぎっしりと刻まれていた。みょうじさんがその肌を慌てたように自分の両手で隠そうとする、が、その前に隣の二人が手を伸ばして隠した。みょうじさんを挟んで手が重なったのを二人が嫌そうな顔をしながら顔を見合わせている。そして今度は桜木花道の方が流川楓の手を振り払った。
 二人はみょうじさんとの互いの関係を認識している。あるいは最初から三人での関係が前提なのかもしれない。そう理解すると同時に、さっきまで以上の動悸を感じていた。みょうじさんのその痕跡がなんなのか、誰によるものなのかを察してしまったからだ。
 みょうじさんは自分の頭上で言い争っている二人の腕をとって、幸せそうに笑った。その笑みを見て、二人が動きを止め、みょうじさんの顔に見入っている。みょうじさんの笑みは本当に幸せそうで、どこか恍惚としていて、それが自分にとっては恐ろしかった。
 みょうじさんとみょうじさんを挟む二人との体格差はそもそも背丈だけで頭一つ分以上が隔てられていて、手足の長さや太さも全然違った。みょうじさんは女子生徒の中で特別に小柄なわけではなかったが、二人の間にいると酷く華奢に、簡単に壊れてしまいそうに見える。"二人に挟まれたらめちゃくちゃになるだろう"ことは誰の目から見ても想像出来ることだった。そしてその恐ろしさはみょうじさん本人が一番に想像するはずだ。
 彼等が横を通りすぎただけで覚える理屈ではない威圧感を、すぐに隠された彼女の髪の下の痕を思い出す。それを見て本当は最初に怪我を連想した。それくらい激しいものだったからだ。苛烈な執着を思わせるその跡が首だけだなんてことはきっとなくて、髪の下に限ったことではないのを想像出来た。
 視線を下ろし床を見つめた。そこにまだいる"三人"の声も他の生徒の喧騒も意識から遠のいていた。
 みょうじさんのあの笑みが目に焼き付いている。みょうじさんは自らが"めちゃくちゃ"にされていることに対してあんな風に笑っていることも分かってしまって、それまで自分と同じ人間という生き物だと疑うはずもなかった存在が急に別の生態の生き物だったことが発覚したような怖さを覚えた。
 見かけてしまったみょうじさんと二人のそれぞれの眩しさすらあった逢瀬と、彼等が首に伸ばした時の大きな手とその手の前に際立つ首の細さの対比が頭の中でちかちかする。なぜあんな風に微笑むことが出来るのか理解は及ばなかった。だから目を逸らした。
 それからも"三人"から目を逸らして過ごしたので、あのあと"三人"がどうなったのかは知らない。知ることもない。

苛烈で純情

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