NOVEL | ナノ

 私の腕をとると、彼は袖を乱暴にまくり上げた。まるで注射でもするみたいだと思った。だけど袖の下の私の肌は血管が見えないような肌をしている。
 皮膚の上はまばらな痣が散らばって、血管に沿うように丸い痕が転々と残っていた。「これ、上からでも血とか止まんのかな。下まで焼ける?」無邪気なほどの好奇心に突き動かされた恋人に言われた言葉がふっと耳によみがえった。熱が押し付けられてこげる皮膚の匂いと感触を思い出してゆびさきが震える。
「なんで」
 自分の言葉が自分でも意図せずにこぼれてしまったというように、彼は自分の口元に手をやった。サングラス越しに見える彼の大きな瞳が見開かれている。信じられないというような表情だった。その動揺しきった顔に私は思わず笑った。彼のそんな顔を見たのは初めてで、しかもそれが私の、こんなくだらないことだったのがおかしかった。
「ずっと硝子に治してもらってたの、これもすぐになかったことになるよ」
 だから大丈夫。私がそういうと彼はその顔をゆがめてしまった。
 彼の太い指がおそるおそるというようにその丸い痕に触れる。痛くないよと言っても彼のそのしぐさはやっぱりやさしかった。彼はその指で傷痕をそっとなでる。そうせずにはいられないというように、何度も何度もなでてくれる。
「幸せだったんじゃないのかよ」
 彼が、私の手を強く握りしめながら吐き捨てる。大きなてのひらは握りしめられるとその傷も腕もすっかり覆い隠してしまった。私がそうしてきたみたいになにも、見えないようになる。
 彼のそのやさしくてあたたかい手のひらに自分の手を重ねる。彼がそう言ってくれるだけで許された気持ちになる私こそが、きっと誰よりも。

信じて送り出した好きな女の子が

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