NOVEL | ナノ

 三度めのドタキャンにしびれを切らしたのは伏黒くん自身だった。
 そもそも約束をしていた期日と時間に伏黒くんのお仕事がかぶることは珍しいことではなかった。そういうこともあるとは説明を受けていたし、どうしようもないことだとわかったうえで私は伏黒くんと付き合っている。寂しくないは嘘だったけど、それ以上に伏黒くんのお仕事にもちゃんと真面目なそういうところが好きだったから私もちゃんと納得していた。ただ、それが続いたのが優しい伏黒くんには堪えたのだろう。
 埋め合わせにはならないかもしれないがして欲しいことだとかしたいことがあるなら出来るだけ付き合うから、考えておいてくれという彼の言葉に正直にいえばもうそれだけで心は満たされた。問題は伏黒くん自身はそんな言葉では納得はしないだろうことだ。
 本当に伏黒くんには不安も不満もない。日ごろから伏黒くんが命をかけて働いていることも分かっているし、その彼の生活のなかで空いた時間を私のためにちゃんと割いてくれていることはきっと一番私理解してる。
 強いて言うならもうモテないでほしい(特に年上)くらいだけどそんなむちゃくちゃなこと言えるはずがないし言いたくない。そもそも初めから伏黒くんはお願いすれば大概のことは聞いてくれるし改めてなにかを頼みたいことはなかった。でもなにも言わないのも伏黒くんも逆にいろいろ考えてしまうかなあとなったところであるひとつのことに思い当たった。
「あっ」
 考えるより先に思わず声がでてしまい両手で口を押える。
「なんでもない」
「今声出してただろ」
「ほ、ほんとになんでもないから……」
 視線を逸らして知らないふりをする私を伏黒くんは逃すつもりはないようだった。距離を詰めるとじっとこちらの顔を見ている。近い。ずるい。じりじりと後ろに下がると背中に伏黒くんのベッドがぶつかって追い込まれてしまう。
「言いづらいことなのか」
「言いづらいっていうか、なんていうか」
「……普通の彼氏と彼女みたいなこと、あんまりやれてないだろ。そういうのか」
 おそらくはデートだとかそういうことを差して言ってくれているのだろう。どこまでも私のことを考えていてくれるその言葉にそんな伏黒くんの隣にいながらとんでもないことを思いついた自分の下心に羞恥と罪悪感が滲んだ。
「名前」
「……絶対、その、嫌わないでね!」
 無意識だろうけど少しトーンの下がった伏黒くんの声に覚悟を決める。自分の顔が絶対に赤いのを自覚しながら彼の耳にそっと顔を寄せた。てのひら越しにそっと思いついたことを耳打ちする。
 顔をおずおずと離すと、お互い沈黙のまま見つめ合った。伏黒くんは目をまんまるにしてこちらを見ていた。その表情にいたたまれず顔を両手で隠す。
「……そんなのがいいのか?」
「だから言うのやめたのに! 絶対引いてる! もうやだ〜…!」
 何とも言えないような苦い声音に羞恥でたまらず伏黒くんのベッドにうつぶせにするように顔をくっつけた。伏黒くんのにおいがする気がする。変態だ。自分でもそう思う。でも私が好きなのもこんなふうになるのも伏黒くんだけだ。
 呻きながらベッドでもぞもぞとしていると肩に手をかけられて伏黒くんの方を向かされる。戸惑っていることがなんとなく伝わる優しい手つきだ。その手つきに心がほだされると同時に余計に羞恥を煽られながら顔だけを伏黒くんの方に向けた。伏黒くんは困ったような顔をしてこちらを見る。
「嫌になった……?」
「なってねえ。ただお前が」
「うん」
「……お前もそういうこと言うんだなってびっくりしただけだ」
 そのまま顔を寄せられて、軽くくちびるを触れさせるキスをする。くちびるを離しても近い距離のまま、私は伏黒くんの長い睫が震えるのを見ていた。
それでもやはり渋い声で彼が是の返事をする。

「くっついてていい?」
 そう聞くと伏黒くんはなにも言わずに私の肩を抱いて引き寄せてくれたから私はそのまま彼の肩にもたれるようにしてくっつく。ベッドに隣り合うように座ってから、伏黒くんは自分のズボンに手をかけて躊躇うように動きをとめた。それも一瞬のことで彼はそのまま外して前をくつろげさせる。
 私がお願いしたのは一人でしているところが見たいということだった。付き合う期間を経て、キスだとかそれ以上をするようになっても伏黒くんは私に触れることはあっても、私に伏黒くんに対してなにかをさせることはほとんどさせなかった。私ばっかりしてもらっていて、もっと言えば私の恥ずかしい姿を見られてはいても伏黒くんのそういう姿をちゃんと見せてもらえていないのだった。
 キスしてくっついて頭のなかがいっぱいいっぱいになっているうちに全部終わってしまうので、私は最中に伏黒くんの反応をまじまじと見たことすらない。
 とりだされたそれはたぶんもう反応していて私は目を逸らせないまま、ぎゅっと彼の服をつかんだ。
「……やっぱ辞めるか?」
 その仕草をどうとったのだろうか、伏黒くんがそういうから私は言葉ではなく静かに首を横に振った。
 伏黒くん自身の手のひらによって包まれたそれが反応して、そのまま大きくなっていくのに思わず咽喉がぎゅっと鳴る。
伏黒くんの息が荒くなっていくことや体温が熱くなっていくことがくっついているところからまざまざ伝わってきて、なにも触られていないのに私のほうがドキドキしておかしくなりそうだった。伏黒くんといるとどんどんこらえ性がなくなっていく気がする。
「伏黒くんもこういうこと、するんだね」
「……ふつうは、するだろ」
「伏黒くんえっちなことしなさそうっていうか、そんな感じじゃないから」
「こういうことはもうお前とだってしてるだろ」
 その通りだった。だけどそんなふうに見える伏黒くんが私に興奮するのかと思うと私もへんな気分になるとは、さすがに恥ずかしかったから言わなかった。
 彼の手つきが強くなるのが、わかる。ちょっとだけびっくりしながら、大きな声で聞けなくて彼にそっと囁いた。
「そんなに強くしたら痛くない?」
 視線だけで返事がなされる。私はたまらなくなってそのまま伏黒くんに自分からキスした。求め合うように舌を絡めて頭のなかもなにもかもどろどろになる。
キスを終えて、ぼんやりとするままに触れたいという欲求が私を突き動かす。
「触ってもいい?」
 ほとんど呼気に近いような声で肯定されて伏黒くんの服をつかんでいた手を、私は伸ばす。とても熱かった。指が冷たかったのだろうか、伏黒くんは触れた瞬間に体をびくつかせた。
 できるだけ優しく指で撫でてみる。私の体にはない感触はかたくて張りつめている。手の中で生き物のように脈打っているそれに、自ら触りたいといったくせに自分でもどうすればいいのかわからなくて、迷いながら少しずつ手を動かしてみる。
「こんなに張りつめてて苦しそう。辛いよね」
「……」
「私の手、痛くない? 大丈夫?」
「もっと強くしていい」
「……これくらい?」
「もっと」
 少し切羽詰まっているような彼の彼の言葉通りに強くして見るが足りないようだった。痛くないといわれてもこんなふうになっているものに力をいれるのは怖くて、とてもそれ以上はできない。
 緩い力加減で撫でるばかりの私に焦れたのか、伏黒くんの手が私の手の上に重ねられる。息をのんだ私に構わず伏黒くんはそのまま手を動かし始めた。手の中にある熱さと、私の手に重ねられた伏黒くんの手のあたたかさが背徳的だった。強いくらいの力で動かされると、私の手なのに私のものじゃないみたいな気持ちになる。
 伏黒くんの小さな声と深い吐息が耳に届くと同時に手にどろりとした液体がかかる。私の手で(といっても最後はほとんど本人だったけど)ちゃんと気持ちよくなってくれたことが嬉しくて私は力が抜けた気分になりながらほっと息を吐いた。
 伏黒くんが横にあったティッシュに手を伸ばすのをしり目に私はその指を興味本位でなめた。それを見た伏黒くんがぎょっとした顔をしながらつかんだティッシュを口元に押し付けてくる。
「バカ! 出せ! 汚ねえだろ」
「……まずい」
「当たり前だ」
 汚いとは思わなかったけど苦い。こうして口にするのも触るのも初めてのことだった。ちょっと舐めただけだったのでそのまま飲み込もうと思えばたぶんできたけど、伏黒くんが私の口元からティッシュを離さないので大人しく口をあけて舌を出すと伏黒くんがそのままぬぐう。
 汚れた手のひらも伏黒くんによってティッシュで甲斐甲斐しく綺麗にぬぐわれる。顔が近かったのでそのままもう一回キスをした。私のくちのなかの苦みをわずかに感じたのか、伏黒くんは嫌そうな顔をする。
「よく舐めようと思ったな」
「……だって伏黒くんのだから」
 私がこんなふうに自分でもびっくりするくらい積極的なのも伏黒くんが好きだからに尽きる。私はそもそもこうじゃなかったと、思う。
 照れくさくてもごもごとそういう私を見てから、伏黒くんは目元で手を覆ってから大きくため息をつく。呆れられたかと思ってビクッとする私のことを伏黒くんはそのまま、後ろのベッドに押し倒した。
「……する?」
「俺はまだ全然お前に触ってない」
 すねたような口調が可愛くて、思わずくすくす笑う。笑うなとたしなめる伏黒くんの声もどこか柔らかかった。
 服のすきまから手を入れられる。伏黒くんの熱い手が肌に触れるとすでにスイッチが入っていた私の体は簡単にそういう状態へ切り替わる。ゾクゾクするようなくすぐったいような心地に肌がざわざわした。くっついてる体が気持ちいい。
「もう濡れてる」
 下着越しに触れられて確認される。驚いたような嬉しそうな声に腰が震えた。言わないでほしい。でも伏黒くんが嬉しそうだからもうどうしようもなくて背骨からぐにゃぐにゃにとけそう。
 私はもう伏黒くんに触られることを知っている。知っているからもう我慢できなかった。
「ずっと、伏黒くんに、触ってほしかった」
 囁くと伏黒くんが息をのむから、口元だけで笑う。笑った私に、煽るために口にしたのだと判断したのだろう、応えるように伏黒くんにしては珍しいような手つきで服が肌蹴させられていく。
 煽るどころか、全部事実だったけど、そんな様子も可愛くて愛しかったからもういいかなあと思った。服を着てくっつくのも好きだけど直接肌を重ね合うのも気持ちいい。早く、もっともっとくっつきたかった。

ミッドナイト・ヘブンズ・チューン

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