NOVEL | ナノ

 浅い眠りから目が覚めて視界に入った見慣れない部屋の内装に、私はどうしてここにいるのかを時間をかけてゆっくりと思い出した。
 起き上がる気もしなくて引かれたカーテンのすきまからかすかにのぞく光を見ていた。朝がきているのだろう。何時なのか、携帯、いや部屋には時計があったはずだ。のそのそと重たい体を動かして時計を確認する。朝のご飯は何時からだっけ。
 動かない頭をどうにかして動かしていると隣に引かれた布団で身じろぎする気配があった。隣といっても結局一緒に寝ているので布団はぐちゃぐちゃで境目などないにひとしかった。
 出かけると珍しくも私に告げた彼は(彼は脈絡なく私の部屋に訪れたし勝手に消えるのが常だった)突然のことに反応しきれない私の手を掴み、返事をするまえに部屋を出たのだ。そのまま目的地も告げずに短くはない時間の電車をのりつぎ、旅館にまで連れてきたのであった。
 ついたころにはすでに夕方だった。旅館の温泉は気持ちよくてもともとない抵抗心は完全に溶けていってしまった。温泉から戻った私に先に部屋に戻っていた彼は彼らしく、この旅行についてとくに弁解するでも説明するでもなく窓の外を指し、こともなげに海が見えるのだとそう告げた。
 結局その海を見る前にそのまま布団の中にもつれ込んだの私は海をまだ見れていない。カーテンを今あければ朝日に照らされる海が見えるのだろうか。
 重たい体を抱えて迷っている最中に今度は隣で起き上がる気配がした。ほとんどうつぶせのまま、顔だけで隣を見遣る。布団の上にあぐらをかくようにして彼はいた。乱れた浴衣のなかからは彼の体がむき出しになっている。濃紺の浴衣は、彼に良く似合っていたのを思いだした。浴衣の帯をきちんと結んでいたその結び方だとか、ほどくその手つきはよく慣れているように見えた。
 私は彼のことをなにも知らないからどうして慣れているのかも分からないし、聞くことはできない。彼について自身のことを詳しく尋ねたこともないから問えば答えてくれるのかも知ることはない。
 女をおかしくさせるような笑った顔をいつも浮かべている顔は寝起きのせいかどこか真顔に近かった。目つきのせいか少し機嫌が悪そうに見える。もともと若く見える人だったがもはや幼げだ。
 そうしてじっと見ていると、彼の視線がこちらをむく。お互いに何も言わずそうしてじっと向き合っていると、彼のくちびるが笑みの形をつくる。
「なに見てんだよ。ヤらしいこと考えてんのか」
 自分の向けていた視線に劣情がなかったことを否定できないので私はやらしくないとだけ言って自らの枕に顔を埋めた。私にとってはよほど彼の存在のほうがやらしい。心の中でそう言い訳をしていると近づかれる気配がして息を、飲む。彼に近づかれると私の体は期待で反射的にそうなるようにされてしまった。
 頬にその手で触れられる。撫でるように頬から耳をなぞる手が首筋にふれ、なにも見につけていない私の背中に彼の手が届く。顔立ちとは違い彼の年齢を感じるごつごつした手のひらは渇いている。布団の上で肩甲骨から背骨をなぞりながらおりていくその手に私は震えながら耐える。
「白いなあ」
 一人ごとのような調子でつぶやかれる。下へ下へと降りていく手のひらに私は限界を感じて、大人しく体を起こした。
 彼とは違い下着もなにも見に着けていない私は裸だ。生まれたままの姿で膝をつきずるずると移動するとそのまま手を伸ばし彼の胸へと体を預けた。私のおりていた髪を彼が梳いて肩の方から横に流す。背中にそえられた手でぐっと体を引き寄せられて私の胸が、彼のかたい胸板でかたちを変えた。
 彼の肩に手を置いたまま彼の顔を見つめる。見つめられるともはや脳までとろけてしまいそうになる。そうして何も言わないまま見つめ合っていたがすぐにどちらからともなく唇を重ね合った。キスをしながら体をまさぐるために伸びてきた腕に、朝ごはんの時間には間に合わないだろうなと思った。朝日に照らされる海も、きっと見られないだろう。終わるころには太陽もすでに朝日ではなくなってしまうに違いなかった。
 このおままごとみたいな旅行中も外に出るどころかこうして同じことに時間を費やすことになるのだろうという予感があった。
 ここまで来ても結局お互いに体を求めることしかできないことが私たちの関係だった。でもきっとそれでよかった。特別なものなんて与えられなくていいからこうしていたかった。私にとってはそれが特別だったから。
 彼の体を挟むようにしていた足に手が置かれる。その手の重さに期待と恐れが混ざった感情に体が震えた。こうして抱き合っていられるなら永遠に海が見えなくたってよかった。

背骨から脱がすのが正しい手順

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