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愛と渇きの半球
 霊幻さんは常識人だった。あんな仕事をしているのにすごく常識人だった。
 私が好きだと伝えると、霊幻さんは気の迷いだと言った。根がまっすぐな霊幻さんらしく、少しも茶化したりせず、それは恋じゃないのだと諭した。きっとその対応は大人として正しいものだった。霊幻さんはどこまでも大人で、私は子供だった。
 私は分かっていた。そんな風に諭すことは私のためで、私の気持ちを知っても疎んだり突き放そうともせずに何もなかったようにふるまうことも私のためだということを。
 だからこそ台無しにしてやりたかった。霊幻さんの大人ぶっているところを剥いで余裕がなくなってどうしようもなくさせて私のものにしてやりたかった。方法の正誤なんてどうでもよかった。だから子供なのだろうか、自分のためにしか動けないから私は子供でしかなかったのだろうか。



 荒い息が、首のあたりの肌にふれてぞわぞわした。とじることもできずに開けていた目の端で、霊幻さんが動くのが見える。くっついている肌は、お互いに汗ばんでいてやけどしてしまいそうなぐらい熱かった。浅くしか息を吸い込めない。転がったまま動いてもいないのに心臓が激しい運動をした直後みたいにはくはくと大きな音を立てているのが不思議だった。
 おなかのおくにおさまっているそれは、私にこれ以上ないような充足感を与えた。満たされている、と思った。ぐずぐずなそこは、押し入られたことに喜んでいた。
 それなのに涙がぽたぽたとこぼれる。頬をすべっていく涙を、てのひらが少し乱暴に拭っていく。そのままゆびがくちのなかへと入れられた。いろんな体液でぬれたゆびが舌を撫でる。
「お前さあ」
 後ろからいれたまま、霊幻さんは耳へとささやいた。もう片方のてのひらが私のおなかのあたりを撫でて、下へと下がっていく。
「本当はこんなことしたくなかったんだろ」
 違うと言いかけたくちは、中から抜かれそうになって、惜しむような声をもらす。中途半端に引き抜かれたそれが、奥へともう一度押し込まれた。
 その勢いに喘ぎ声にも悲鳴にもならない声が、舌に触れる彼の指先を震わせる。
「だってお前は頭良いから分かってたんだよな」
 いまだ涙は止まることはなく、頬を滑って、床へとおちていった。どうして満たされているのにこんなにも涙が出るのかわからない。こうすれば手に入ると思っていたのに、予想と現実は違っていたからだろうか。つながっているはずなのにこんなにも胸が苦しいからだろうか。―――それとも霊幻さんの言葉が図星だからなのか。
 いままで築きあげてきた信頼だとかそういうものを裏切ってこうしているのに、いつもの穏やかで、私のことなんだったらなんでもわかるみたいな言葉をはかないでほしかった。そうされると、自分が許されているような気がする。
「こんなことしたって相手のこと手に入れられるわけじゃないって」
 霊幻さんの声は、なんだかひどく悲しいものを見たような声みたいだった。からだのなかをはしるしびれるような感覚に目の前がちかちかした。脳まで酸素が行ってない気がする。確かに苦しいのに気持ちよくて、頭がおかしくなってしまいそうだった。何かを伝えたかったはずなのに、私の頭の中は真っ白で言葉が思いつかない。だけどたったひとつの、考えるまでもない言葉だけが、くちからこぼれおちた。
「……す、き」
「知ってるよ。子供でいさせてやれなくてごめんな」
 その言葉にじくじくと胸の奥が痛くなる。あんまりにも優しく、いたわるような声だった。そのせいで自分のしていることがとたんにとても恐ろしいことのように思えた。ごめんなさいと繰り返して吐き出すと霊幻さんは私を抱きしめる。震えるからだを力強く抱きしめられて、私はただしくしくと泣く。
 結局そうやって霊幻さんに優しさにすがる私は大人になり切ることも子供でいることもできないのだ。
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