EXTRA | ナノ
プリズム滲む
 終わりがあることは、目に見えていた。私たちの関係は終わりの上で成り立っていたのだから、今更どうこう言えることでもなかった。
 だから私のことなど信用しようとしなかった彼が心を寄せてくれたことだとか、楽しそうに笑ってくれるようになったことだとか、私のことを大切に思ってくれるみたいだとか、私も彼が大切であることだとか、彼が案外人の世話を焼くのが好きで、だからいつも甘えてしまうことだとか、そういう風に彼とすごす日常はひどく愛しいと感じることだとかもそんなものは本当にちっとも意味のないことだった。
 いつか必ず来る終わりに、そんな思いはひとつだって役にたたないのだから。

 自称ではあるものの、他人から見ても十分に整っているといえる彼の横顔からは何を考えているのか見えなかった。私の視線に気が付いたのが、アーチャーはこちらを見るとへらへらと笑った。軽薄そうに見えるその表情はどことなくわざとらしい。彼が意図してそういう表情を浮かべているのを分かるくらいには、私は彼の近くにいた。

「聖杯戦争、悲願の成就は果たせたわけだが気分の程は?」
「……まあまあかな」
「俺みたいなハズレサーヴァント引いてここまで来たんだ、もっと嬉しがれよ。ずっと欲しかったんだろ」

 そういってアーチャーは、すでに限界しかたちを成した杯に視線をやった。距離があるにも関わらずまばゆいばかりに輝く聖杯はここからでも十分にそのちからを感じ取れた。奔流するようなひかりのうずのなかで、私があれだけ希った聖杯は願いを告げられるのを待っている。あらゆる願いを叶えられるほどの魔力が満ち溢れたモノ、万能の願望機、私が聖杯戦争という存在を知ったその瞬間から願ってやまなかったものだ。
 
「あの様子を見るとどんな願いもかなえるっていうのもあながち嘘じゃないみたいだな」
「信じてなかったの?」
「サーヴァントとして限界された身の上として聖杯はあるとは知ってたけどな。ただその聖杯が本当にどんな願いもかなえられるなんていうのはどうにもうさんくさいとも思ってた」
「……知らなかった」
「聖杯欲しくて尽力してるマスターの前で言うことでもないでしょ。まあでも本当にあったんだ。これでアンタは願いを叶えられる、オレのお役目も終わりですよ」

 大仰なしぐさでアーチャーは肩をすくめてみせる。最後の最後で正面切って戦ってもらうことになったせいでアーチャーはぼろぼろだった。身に着けている衣装は所々裂け、目をそむけたくなるような傷がさらされている。それでもアーチャーは何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ様子で私を見つめていた。アーチャーはかっこつけだ。痛くないわけがないのに平気な顔をする。
 私はつかつかとアーチャーに歩みよると、その肌にふれた。うわっと少し甲高い声をあげたアーチャーを無視して、指先に魔力を集中させる。ひどい色をしていた肌がもとの色へと戻っていくのを見て、私は静かに息を吐いた。

「アンタも本当に意味のないことが好きだなあ」
「意味のない?」
「もう還るだけのサーヴァントに治療なんていらないって話さ。立ってるのもやっとのくせに無理するなよ」

 アーチャーは私の伸ばした手を取ってやんわりと押し返そうとした。その瞬間、抑えていた何かがはじけて私はその手を思い切り振り払った。ぽかんとした表情のアーチャーが視界に見えて、次の瞬間彼の顔はぐにゃりとくずれる。熱い液体が頬に伝った。目があつくて、抑えようと思うのに涙は止まらなかったし、言葉も止まらなかった。

「意味? 私のことずっと助けてくれたサーヴァントがこんなにぼろぼろになって痛い思いしてるのに!それがどうでもいいことだって言うの! 馬鹿!」
「……マスター」
「このかっこつけ! 馬鹿! 痛いなら痛いって言ってよ! いっつも私に無理するなとか傷隠すなっていうくせに自分は隠してばっかり!」

 ばんばんと肩をたたくと対していたくもなさそうにとアーチャーは言った。そういう軽口はいくらでもたたくのに大事なことは言ってくれないのだ。なんでも自分でなんとかしようとする。それは今までのことを振り返ってもそうだ。私がしなくちゃいけないことでも、彼は自分が引き受けようとする。自分から泥をかぶりにいく。そういうところが、私は、嫌いだった。彼が好きだったから、嫌いだった。

「いっつも私の世話焼いて! 大変なのに大変じゃないって顔して! 最後だから言うけど大事なこと隠されるのって分かるんだからね! 隠されてるほうがつらいんだからね!」

 私のためなことぐらい、わかる。彼がしたすべては私のためだった。それでも、それでも私はそれを受け入れられるほど割り切れなかった。
 疲れてるくせに大きな声をだしたせいでふらふらだ。言いたいことも伝えたいこともたくさんあって、でも一番伝えたいことはひとつだけだった。ずっと言いたくて言えなかった、ただひとつの言葉。言わなかったら絶対に後悔する言葉で言ったって後悔するだろう言葉だ。

「でも私は、……そんなアーチャーが、好きだった」

 その言葉をくちにした瞬間、私の体は引き寄せられていた。そうして思い切りくちびるを奪われる。やわらかなその感触に目を閉じて、私からもくちびるを寄せた。触れ合わせるだけのくちづけを何度も何度も交わす。彼の首に腕をまわして、ただただお互いの熱だけを交わした。
 すっとくちびるが離されて、てのひらが頬に添えたままおでこだけをくっつけてアーチャーはそっと笑った。

「アンタって本当に面倒なマスターだよなあ。最後の最後まで人のこと振り回して」
「……そんな私のことが嫌いだった?」
「そんなアンタだったから俺はアンタのために戦いたいって思った」

 アーチャーの緑の瞳がかすかにうるんで、それから歪む。その瞳にうつるおんなはひどい顔をしていた。

「あんまり泣くなよ。もう抱きしめられないからさあ、もう傍にいるからって言ってやれないんだからさ」

 そんなことわかってる。もうこんな風に彼の体温を感じられる日は来ないだろう。何気なく言葉を交わすことも、髪を梳いてもらうことも、一緒にいられることも、もうない。そんな日々は二度と訪れない。

「ねえ好き。好きだよ」
 
 すがるような私の言葉にアーチャーはもう一度だけ私にくちづけた。うつくしい緑の瞳にはやっぱりわたしだけが写りこんでいる。永遠にそうであればいいのに、彼の隣で彼の瞳にずっと写っていられたらいいのに。そんな願いに相反してつながりあっていたパスがほつれていく。きっとアーチャーも感じているだろう。それでも指先をからめて体を寄せあった。アーチャーの体がひかりのつぶになっていくのを感じながら、それでも。

「オレもだよ」

 その言葉に一緒にいようと答えられたらよかったのに。


アーチャーは 「あんまり泣くなよ。もう抱きしめられないからさあ、もう傍にいるからって言ってやれないんだからさ」と潤んだ瞳を歪ませて絞り出した声で言いました。
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