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神楽鏡影
 神楽さんが私の手をつかんで、顔を近づけた。そうされると体格差のせいなのか実際に直接乗られているわけではないのに重さに近い圧がある。自然と呼吸が浅くなった。背中に触れているベッドの存在を強く感じる。逃げ場はないと思った。
 目が合う。神楽さんは私の様子を観察するようにじっと見ている。
「どうしました」
 すでに彼の丁寧ではない口調を知っている私はこういうときの神楽さんはこっちの口調なのかなあということをぼんやり思う。なにも答えられないままでいると神楽さんはつづけた。
「怖いですか?」
 私を見つめる神楽さんの目は穏やかに見えた。だけどその奥には隠しきれない獣のような黒い輝きがある。それでも“一見”穏やかなのは神楽さんがそれを見せないように抑えているからだというのがわかった。気遣われている。口調もそれのひとつなのかもしれない。
 だというのに私は手首を握っている彼の手の大きさや体温、少しも動けない力にドキドキしていた。単純な腕力だけでも彼とは比べることもおかしいような隔たれた壁があることはよく知っている。私を助けてくれた彼の持つ力が使い方で簡単に人を壊せるものだと知っていても、怖いとは思わなかった。
 視界に彼の首筋が入る。私はその首筋にそっと手を伸ばして縋るようにした。手を添えてふれてみると肌の下の引き締まった筋肉の存在がより感じ取れる。血潮の通った熱いくらいの体温がそこにあった。
 命だと思った。神楽さんが自らの急所に触れさせることを私に許しているという事実に、私は考えることなく自分のくちびるを神楽さんのものへと重ね合わせた。衝動的な行為のわりに実は緊張していた。でもきっとずっとこうしてみたかったのだと触れてから思った。
 触れあわせたものの正直に言ってそれ以上をするのが私の持ち合わせる経験では難しい。少し迷ったものの、動物がそうするように彼のくちを舐めた。すると顎をつかまれて今度は私がくちをこじ開けられる。手首を握る手に力がこもって、強く押し付けられた。ベッドがその力のままに沈んだ。
 貪るように口づけられてからようやく解放される。私だけが肩で息をしていた。だけど神楽さんもかすかに呼吸が荒くなっていて嬉しくなった。
 くちからこぼれた唾液をその指でぬぐってくれた神楽さんは額を合わせるようにして私の目をのぞき込む。さきほどの私の言動を視線で問うていた。彼の目の獣のような気配はさきほどのようには隠しきれてはいなかった。
「……神楽さん、殴られたらその十倍で殴り返すって言ってたので」
 ちゅーしてもそうなのかなあって。彼は目を丸くする。そして笑った。
「お前は馬鹿だ」
 笑ったことで彼のくちの隙間から牙のような犬歯がのぞく。噛まれたら痛そうだなと思うようになったのはいつだろう。この際なのでそれも伝えてみようか。だけどその言葉がくちから出る前に彼がもう一度ふさいでしまった。だから代わりに舌先で彼の犬歯を確かめてみる。その鋭さを感じられることに幸せだと思った。
「確かめてみろ」
 熱っぽい声で囁かれる。神楽さんの纏っていた、少なくとも表面上は穏やかだった気配が変化する。彼が取り繕うのを完全にやめたのを見て私はほほ笑み、その逞しい背に手をまわした。
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