EXTRA | ナノ
九条桧山△
 名前を呼ばれた私はひざにうずめるようにしていた顔をあげる。こちらをのぞき込む九条さんと目があった。彼の気づかわし気な表情で心配をかけていることがよくわかって反射的に大丈夫ですという言葉がくちからでる。声はかすれ切っていた。
 大丈夫ですとくちにしておきながら自分でも何に大丈夫と言っているのかさっぱり分からなかった。熱をもったままぼんやりする思考のなかで、私のこの様子を見た九条さんと桧山さんがなにかを話していることは認識できたけどその内容は頭に入ってこない。
 顔をあげたまま視線が、九条さんの顔にくぎ付けになる。綺麗な顔立ちだと何度となく思ったことを改めて認識する。
 その薄いくちびるにキスしたらどんな感触だろう。どんな顔をするんだろう。
「どうした?」
 なにも言わないまま彼を見ている私に九条さんが声をかける。その声があまりにも優しかったので私は思わず彼に手を伸ばしていた。
 突然距離をつめた私に目を見開く彼の首に手をまわし、のしかかる様にする。完全に不意を突かれた九条さんはされるがままからだを倒される。頭をぶつけないようにと彼の頭に手を添えながら、そうやって九条さんのからだのことをを考えられる自分と滅茶苦茶なことをしている自分のアンバランスさが妙だなあと他人事みたいに思った。
 彼のくちびるに私のくちびるを重ねる。少し冷たかった。私はこんなに熱かったから、その熱を分け与えるようにくちびるを食む。舌で彼のくちを舐めた。ちゅっちゅと音がする。
 横たわった彼のからだにもたれるように上から重なると私のからだとはつくりがちがう彼のからだのかたさがよくわかった。男の人だなと思いながら彼のくちびるの感触を味わっていると名字と私の名前を呼ぶ桧山さんの、どこか焦った声が耳に届いた。同時に後ろから腕が延びてきて九条さんの身体から引きはがされた。あっさりと私のからだは桧山さんの腕に抱かれる。
 「そうすること」が決まっているというような自然さで、とくに考えることもなく、私はからだにまわった桧山さんの腕に手を添える。後ろを向くと、今度は桧山さんと目があった。
 初めて聞く桧山さんの焦った声や、初めて見る表情に嬉しくなって、思わず頬が緩む。ほほ笑んだ私に、桧山さんはますます表情をかたくしたが、それすらもおかしい気持ちになった。
「桧山さん」
 腕から手首の方へと手をずらしながら、彼の鼻先へくっつくぐらいにまで顔を寄せる。彼の身に着けている手袋の隙間に指を差し入れるようにして、肌をなぞった。今度は九条さんの私を止める焦った声が聞こえたが、構わずにもう片方の手を桧山さんの肩へとまわす。
 こわばった顔をする桧山さんは動かない。さきほど私を九条さんから引きはがしたように私をふりほどかない。だから彼の瞳を見つめながらくちびるをそっと重ね合わせた。九条さんよりもあたたかいくちびるに私は甘えるように桧山さんの体にすり寄る。自分の背中に引きはがすためではなく手が添えられるのを感じて、幸せを感じて、ほほ笑む。こみあがるくすくすと笑う自分の声がまるで他人のものみたいに聞こえた。
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