瑠璃姫は何となく居心地が悪いような、落ち着かない気持ちを持て余していた。

「ねぇ…」

戸が閉められた畳部屋に向かって震え半分の声を振り絞る。

「もう寝ちゃったの…?」

返事はない。

「…ねぇ、ってばぁ…」

やはり返事はない。

諦めて瑠璃姫は隣の自分の部屋に入ろうと、きびすを返しかけた時、

「何ですかい」

どき。

心臓が音を立てて跳ねるのが分かった。

瑠璃姫は恐る恐る、戸の前に立ち、すらりと襖を開けた。

そこには暗がりの中で布団に寝転がってあぐらを掻きながらこちらを見上げる男がいた。

「俺にまだ、何か御用でも?」

「別に…ただ、起きてるのかなって」

「それだけ、ですか」

「…何でなの」

「はい…?」

「何であたしこんなにあなたが気になるんだろ。何でこんなに懐かしいの」

「る、」

「あたし、」

2人の言葉が重なった。

「いつかあなたに会ったことがある…?」

「…」

薬売りは黙った。

「あ。ごめん、変なこと聞いたわね…忘れていいよ」

瑠璃姫は沈黙に耐えきれなくなって襖を閉じようとした。

「知りたいのなら、」

「え…?」

薬売りは手をこちらに伸ばして、誘い込むように掌を瑠璃姫に差し出した。

「こちらへ」

馬鹿みたい。男と布団に入れって?そんな危なっかしいこと出来る訳ないでしょ。

ほんとに馬鹿ね…

あたし。



「あ、」

暗闇の中でもどこに薬売りがいるのか直ぐに分かる。

あたしの体を舐めまわし味わうあなたは獲物を食べる蛇みたいね。

しゅる、と衣擦れの音が嫌に耳に響く。足先まで絡ませてあたしはしがみつく。

薬売りの吐息が荒くなっているのが分かると無性に興奮を覚えた。

唇が耳、頬、あたしの唇へと移動してくる。啄むように吸われるようなキス。

べろん、と舌が唇を一舐めすると、無遠慮に侵入してきてあたしの舌を絡めとる。

「くちゅ」

唇を重ね合っていても薬売りは長い指先であたしに刺激を与え続ける。

うっとりするような意識の中で目を開ければ、男は眉をしかめてこの上なく妖艶な表情をしていた。

「…瑠璃、姫」

あたしを呼ぶ声。やはりどこかで聞いたことがある。あたしは知っている。彼の何かを。

薬売りはごそりと体制を変えながら下半身をあたしの濡れたところにあてがった。

そして一気に、貫く。

「は、あん」

世界ごと揺れてるのかと思うほど、激しい波のような律動が押し寄せては引いてゆく。

消え入りそうな意識の中でまた目を開ければ、動きに合わせて髪を振り乱す男がいた。

恍惚の表情の中に愛しさと切なさと哀愁が漂っていた。男はあたしを見つめる。

その怪しい瞳には、淫猥に喘ぐあたしの姿だけが映っていた。

「あっあっあっぁあっ」

快楽に溺れて死んでしまいそう。今すぐどこかに逝ってしまいたい。

あなたを道連れにして。

「瑠璃姫っ…ぁ、す…き、ですっ…」


“今も、変わらずに…ずっと”


遠のく意識の果てで、そんな言葉を囁かれた気がした。嗚呼何て心地良いのだろう。

愛苦しい

哀狂しい

あなたが、アヰクルシヰ




目覚めると、朝の澄み切った空気の中でぬくぬくとした布団にくるまっていた。

隣にはルーブルの造形美を思わせる肉体をさらりと見せる男がいた。

「御眼醒めですか…おひいはん」

「おひ…?」

「お姫様、という意味で御座いますよ」

「あたしが?」

「えぇ…」

言いながら瑠璃姫の髪を一筋手に取って長くしなやかな指で玩遊ぶ。

「何であたしがお姫様なの」

「何で…って…」

薬売りはきょとんとした。

「俺だけのお姫様、ですから」

「は?」

「まぁ良いじゃぁ、ありませんか。ほら、もっと近く…」

ぐいっと腕を掴まれて強く抱き寄せられると、ぴたりと2人は重なり合う。

ど、ど、ど、という心音が聞こえる。男が確かに生きているのだ。あたしの目の前で。

「ねぇ、薬売り」

「何です?」

「あたしのこと好き?」

「…夜もすがら、言っておりましたのに…」

「よも、す?」

「“一晩中”」

「言ってた?」

「…とんだ言い損だ」

「もっかい言ってよ」

「嫌ですよ」

「何でよ」

「雰囲気ってもんが、ありましょうよ」

「女は我が儘なのよ」

「男にも意地があるんで御座います」

「変なとこにポリシーあるのね」

「ぽり…?」

「意地っ張りってこと」

「そうでもないですけど、ねぇ」

「何よそれ…って、あぁ!!」

「どうしました」

「いっ今何時!?」

「確か…卯の上刻、でしたかね」

「やばい!学校だわっ」

ガバッと起き上がって物凄い勢いで家を走り回りながら支度をし始める。

「あ、ちょっと!薬売り」

「何です」

「あたし昨日服用意しといたから。外出歩くならそれ着なさいね」

「そいつぁどうも…」

「じゃ、行ってきます」

「お気をつけなさって」

騒がしく忙しない足音を立てて家を出て行った。



時は過ぎて放課後。

「瑠璃先輩〜」

「加世」

「先輩今日お暇なんですかぁ?」

「あ、今日は…」

「おや、美女2人。お出かけで?」

「幻ちゃん先輩!…と兵衛くん…」

「こんにちは…」

「おいこら、何でちゃん付けで先輩呼びなんだよ」

「えーそっちのが可愛いじゃないですかぁ」

「ややこしい…ところで麗しの瑠璃姫嬢はどちらに行くんで?」

「あたしのことより早く生徒会の書類提出しなさいよ。使えない生徒会長」

「くぁー手厳しいねぇ副会長」

「あたしは成りたくてなった訳じゃ無いんだからね」

「はいはい、申し訳有りませんねー」

「え?瑠璃先輩は立候補したんじゃ無いんですか?」

「幻先輩が生徒会長になったら、立候補者募らないで勝手に副会長に推薦したんだって」

「へぇーそうなんだぁー!って、詳しいね兵衛くん」

「有名な話だよ」

「ていうか迷惑な話よ」

「酷いー」

「きもい」

「何か今日いつにも増して冷たくないか!?」

「気のせいでしょう…」

言いながら振り返ると、校門には今朝まで淫らな格好をしていた男がいた。

「・・・あ」

「瑠璃姫」

見つめあう2人に疑心する3人は声を揃えて「誰?」と瑠璃姫に尋ねていた。

「あれ、は・・・あたしの・・・」

「えっ!?もしかして瑠璃先輩の彼氏、彼氏!?」

「なぬーっ!?」

「しかも外国人みたいだな・・・」

「・・・むむむ・・・俺より格好良いかもしれぬ・・・」

「きゃぁーっ!さっすが瑠璃先輩っレベル高いですねぇ〜」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あたしは別に彼氏だなんて・・・」

「分かってますよ〜誰にも言いませんからっそんな照れないでくださいよぉ」

「意外と・・・恥ずかしがりや・・・なんだな」

「ちょっと待て!お父さんは付き合うことを認めた訳じゃないんだからなっ!」

「誰がお父さんじゃ」

「ぐふっ」

瑠璃姫のエルボーがすとん、と綺麗に幻殃斉生徒会長のみぞおちに入った。

それを見た下級生2人は青い顔で哀れみ半分呆れていた。

「と、とにかくっあたしはもう帰るから。書類出しときなさいよへたれ会長!」

「・・・へ、たれ・・・?」

「駄目だ・・・もう・・・虫の息・・・だ」

「幻ちゃん先輩、あんまり無様だと人気落ちて解任させられちゃいますよ〜」

「お前らまで冷たくすんのかよ!!」


3人はいつまでもぎゃぁぎゃぁ喚き散らしていた、とさ。




卍つゞく卍

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -