目が痛くなるほど目映眩い都心のネオンの光。

止まることのない人の流れ、行き交う靴の音。

そびえ建つビルに設置された大型ビジョンからは、

最近よく耳にする誰かの歌とモデル上がりの女優が出演しているCMが映されている。

誰も見ようとしないが、液晶画面の中の女優はひたすらにポーズをとりながら笑顔を作っている。

車が発する白、黄、赤のライトとガスの臭いとうっとうしいエンジン音。

まだ夜に入ったばかりだからか、あらゆる店からは客誘いのBGMと光が漏れている。

その数多ある店の1つの中から黒い髪を長く垂らした吊り目のすらりとした女性が出て来た。

ダボダボのセーターにYシャツにチェックの短いプリーツスカートと黒のスリムウォーク。

服装から見るとどうやら今時の女子高生らしいが、物腰といい、風采といい、大人っぽい女だ。

肩に掛けた鞄から携帯を取り出して物凄い速さで文字を打ちながら、ローファーを履いた足を進める。

ちらりと画面から視線を外し、丁度無人のベンチが見えたのでそこに座ると、また携帯をいじる。

「そんな固い小物いじって…何か楽しいんですかい」

ぎょっと驚き、思わず携帯を落としそうになりつつ、左を見ると奇抜な男が姿勢よく座っていた。

「だ、誰よあなた…何…」

男は今の時代からかけ離れた、芸者まがいな服装と髪型をしていた。おまけに隣には大きな背負い箪笥が。

「…ただの…薬売りで…御座います、よ」

こちらを見る男は女と見紛うほど端正な顔立ちをしていた。

「く、薬…?」

何じゃそりゃ。薬剤師か?

彼女は不可解な装いをしている男が、とてもそんなまっとうな人間には見えなかった。

「お名前は、お嬢さん」

「…瑠璃姫」

「可愛いらしいお名前だ…」

男の口振りと表情は何故かまるで誰かを偲ぶ想いで懐かしむようであった。

「あなた…前にどこかで…」

彼女が言いかけたその時、

「ぎゃあああああああああああ」

突然道路を挟んだ向こう側から悲痛な叫びが聞こえてきた。

「!?な、何…?」

「モノノ怪が…おいでなすった…」

「もののけ?」

男は不意に立ち上がり、瑠璃姫の手を取って走り出した。

「ちょ、何なの…っ」

「ここは危険ですよ、ひとまず俺についてくるんだ」

「何でよっ何であたし!?」

「モノノ怪が…あんたを狙いに来る」

「だ、から!もののけって何…っ」

ビルの隙間を猫のようにすり抜けて、人気のない路地裏に出た。

「…ここまで来ればとりあえずは、良いだろう」

「はぁっは、ふ…ちょ、っと無理…こんな、走ったの、久々っ…」

「相変わらず、か弱い…ですね」

「相変わらず?…って、いつまで手握ってんのよ」

瑠璃姫は急に恥ずかしくなって、さっと手を振り払う。

「る…いえ…そうですよね…」

一瞬不機嫌な顔になったかと思うと、納得半分に残念そうな顔で溜め息をつく。

瑠璃姫は何故かその表情を見て、とても悲しいような切ないような気持ちになった。

「…それじゃ、この辺で」

「待って」

「?」

「どこ行くの?そんな格好じゃホテルなんか行けないわよ」

自分でも信じられないが振り払ったばかりのその手を握って引き寄せた。

「うち、来れば」

「!…ですが親御さんは」

「あたしの家共働きだし。今夜は2人とも出張だから誰もいないの」

「そういうことなら…御言葉に甘えます、かね」

2人は瑠璃姫の家に向かい、誰も居ないひんやりとした部屋に入った。

「ちょっと寒いよね…今暖房入れるから」

「別に寒かぁないですよ」

「ほんと?あたし冷え症だから羨ましいわね」

「へぇ…相変わらず寒がりなんです、ね」

「?だから相変わらずって何なのよ」

「それより俺はどの部屋をお借りすれば、いいんですかい」

「え、あ。あたしの部屋の横に小さいけど畳部屋あるから。そこでいい?」

「どうも。有難う御座います」

「お風呂は?入らないの」

「人様のお湯に浸かるなんて…失敬極まりない、でしょう」

「でも入った方が温まるし、そもそもお客様なんだから遠慮はいらないよ」

「…ならせめて貴女がお先にお入りください。男の後は湯が汚れますぜ」

「汚れる?何でよ」

「それを俺に言わせるんです、か」

「だから何なのよ」

「いいから早くお入りなさいな。寒いんでしょう」

「う…何か誤魔化されてる気が…」

仕方無く瑠璃姫は風呂場に行き、いつもより早めに済ませて上がった。

「ほら、上がったわよ。早く入ったら」

「せっかちです、ねぇ…分かりましたよ」

ゆったりとした話し方と物腰を崩すことなく、風呂場に向かった。

瑠璃姫は1人リビングのソファーに座って物思いにふけっていた。

自分は何をしているのだろう。

冷静に考えてみると随分と気違いなことをしているのではないだろうか。

見知らぬ男を家に迎えて風呂にまで入れて。こんな物騒な御時世に。

けれどあの男はどこか信頼できる。何故か一緒にいると心が安らぐ。

…いや違う。安らぐとかそういう気持ちではない。敢えて言葉にするならそれは、

「………懐かしい…?」

「何がです」

「ひゃぁっ!い、いきなり吃驚するでしょうっ」

「嗚呼、すみません、ねぇ」

言いながら枯れ葉模様の浴衣のはだけた部分から白い肌をちらりと覗かせる。

よく見れば、男は細身ながら逞しく、花魁のような立ち振る舞いをするのであった。

石鹸のような馥郁たる芳香と頬や首筋を伝う雫、漏れる吐息にくらくらしそうになる。

「この家…」

「え?」

「佳い馨りに満ちてます、ねぇ」

「え、と…多分アロマキャンドルかな?あと私香水とか薫りものが好きだから」

「そうですか…くくっ」

「ちょっと何で笑うのよ」

「いえねぇ…本当にそっくりそのまま輪廻を巡ってきたんです、ね」

「りん、ね…?」

「まぁそれは追々話すとして…今日はもう床につきましょう」

「あなた…さっきから色々誤魔化してない?」

「お休みなさい」

「ちょっとねぇ!」

瑠璃姫の言葉も虚しく、そそくさと畳部屋へ入っていく薬売り。

「ずるい男…」

どこかで…そう、どこかで彼に…

ずっと前のことのように思えるけれど、

確かに彼に会ったことがある気がするのだ。





卍つゞく卍

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