「おや。これはこれはこれは」
「お久しゅう御座います」
薬売りは久方ぶりに会うその男、柳幻殃斉に会釈をした。
「どうなさった?薬売りどの。今日はモノノ怪退治とやらはないのか」
「えぇ。今日は思っていたより早く終わったんでね。ご挨拶でも、と」
「ほう?まさか女房に逃げられて行く宛がないとかそういう訳ではあるまいな?」
にやにやと卑しい微笑みを浮かべながら扇子を口元に当ててこちらを見る。
「いえいえ。本当にただ挨拶をしに来たまでですよ」
「おや、私に挨拶する暇があるならば一刻も早く家路について女房の顔を拝むべきでは?」
「今日は日暮れまで加世さんが遊びに来るそうなんでね。女同士の戯れに邪魔立ては無用かと」
「そうかそうか。私はてっきり帰りづらい理由でもあるのかと思ったよ」
「・・・・何だか、俺を虐めるのがお好きになったようで」
「くく、久々だからな。一応再会の喜びを伝えておるつもりなのだよ」
「ふ。どうですかねぇ・・・」
「それで、どうなんだ。新婚生活ってのは。やはりそれなりに楽しいのか」
「まだ夫婦(めおと)になった訳ではありませんよ。別に楽しいとかそういうものでも、ないですしね」
「ふぅん?だが前より幾分かは人間味が出てきた気がするよ」
「そう、ですかねぇ」
「嗚呼。やはり・・・人への情愛のおかげ、なのかな?」
「アイ・・・ですか」
愛
そんなものが何だというのか。そんなもので腹が膨れるのか。御仏にでもなれるのか。
口で言うのは簡単だ。肉欲として体で示すのも朝飯前。
そして失った後には何が残るというのだろうか。いやむしろどのような時に失うと分かるのか。
全ては結局己が為ではないか。愛する者の為、愛しきあなたの為と言っておきながら。
結局は自分の欲望を埋めるための飾り、建前。そんなものだろう、どうせ。そんなものだ、きっと。
だから俺は愛を理由にしない。
あれを抱くときは自分とあれの純粋な獣心のなるままに性欲を吐き棄てるがため。
あれと口付けを交わすときは自分の唇とあれの唇の乾きを潤すがため。
あれに甘い言葉を囁くときはあれが求めるようにとろん、とした瞳をしたがため。
あれの指と自分の指を絡めるのは少しでも1つに溶け合えた錯覚に溺れたいがため。
それは愛じゃぁない。
全て愛で片付けるのは愚かだ。それこそ悲哀だ。
愛じゃぁない。アイシテルカラ≠ネど有り得ぬ。
それこそ茶番だ。
ゆえにこれは揶揄だ。愛をアイと認めぬ俺の独りよがり。
その俺の独りよがりを俺自身が揶揄しているのだ。
そうさ、そうとも。これに名前なんぞない。
この気持ちに存在価値を見出す必要はない。価値ではなく意義。
既にこの俺があれに対してこの想いを抱いていること自体に意味がある。
ゆえに名前をつける必要はないのだ。
「薬売り?起きてるか?何を考えておるのだ?」
「嗚呼。すみませんね、つい・・・うっかり、うっかり」
そうですねぇ。ならば仮に名前をつけてみませうか。
『瑠璃姫』とでも。
「・・・とんだ茶番です、ねぇ・・・」
「ん?何が?」