「伏見さん」

秋山は切羽詰ったような、息の詰まるような、そんな切実な声音で伏見の名前を呼んだ。そこはいつも通りのセプター4の廊下で、伏見も秋山もいつもどおりの青服に身を包んでいた。どこまでもいつも通りだ。だから伏見にはどうして秋山がそんなに緊張したような、もう我慢できないというような、そんな面持ちをして伏見の名前を呼ぶのか、わからなかった。本当に、わからなかったのだ。

「伏見さん、俺は、俺は絶対伏見さんを裏切ったりしないし、伏見さんから離れたりしないし、伏見さんだけを見ます。他にはなにもいらないんです。ほんとうに、なにもいらないんです」
「あきやま・・・?」
「絶対に、伏見さんだけを大切にしますし、絶対に、絶対に、伏見さんに寂しい思いなんてさせないし、絶対に、もうそんな顔はさせません」

そんな顔、と言われて、伏見はぴかぴかに磨かれた窓ガラスに映った自分の顔をちらりと見てみた。いつも通りの不機嫌そうな顔がそこにはあった。いつもどおり、何かを求めて、過去にすがって、何かに縛り付けられて、もう息もできていないようなそんな顔だ。そうして、それをちゃんと確認してから、秋山の顔を見た。秋山の顔も、似たようなものだった。何かを求めて、何かにすがって、伏見の過去に縛り付けられて、もう息もできていない、そんな顔だった。そんな顔をして、秋山は「俺じゃ、だめなんですか」と言った。それは秋山の口から最後に吐き出される気泡の形をして、伏見にぶつかった。そうじゃないんだ、と言おうとしても、伏見の方にはもう酸素がなかった。もう何も、秋山にぶつけることができない。きっとこんな二人が一緒にいたって二人して深海にずぶずぶと沈んでいくだけなのだ。ちゃんとわかっていた。秋山だってそんなことはわかっているはずなのに、それでも、と伏見に手を伸ばす。そうして、伏見の腕を掴んで、どうにか、この空気もなにもない、圧力だけの海から、抜け出そうともがいている。

「伏見さん、俺、は、伏見さんが、」
「秋山」
「伏見さんが、」
「秋山、俺は、」

もうどちらもそれ以上言葉を口にすることはできなかった。そこはたしかにありふれた日常の、ありふれたセプター4の廊下でしかなかったのだけれど、二人にとっては深海と同じだった。あとはもう、沈んで行くだけだ。どこまでも、どこまでも。


END




(ほんとうは誰かの一番になりたかっただけ)
title by 彼女の為に泣いた



冷凍パンツのはちさんより、Twitterの企画で書いて頂きました。
ありがとうございました!!!!!


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