東京から新幹線、電車、路線バスを乗り継いで、ようやくその場所に辿り着く。
夏の香り漂う温かな場所に。

「いらっしゃい、よく来たわねぇ」

そして温かな人達が居る場所に。





生まれも育ちも東京の僕。
親戚付き合いというものもほとんど無くて、テレビで流れる所謂田舎の風景をほとんど知らない。
かといって何か困るわけでもないから、これから先も知らないままなんだろうなと、なんとなく思っていた。
東京の街並みも喧騒も別に嫌いなわけじゃない。
都会の何にも侵されない無関心さは、時に優しく寄り添い、時に突き放すように冷ややかで時間と状況で色を変えるけれど、それが息苦しく感じたことは無かった。
むしろ無関心さが有難い時だってあった。だから嫌いではない。好きでもないけど。

好きにもなれないのは、寂しさを消すことが出来ないからだ。
あんなに人がいるのに、あんなに灯りがあるのに、どれだけOZを通して繋がっていても、どれだけ端末で繋がっていても、独りだと感じてしまう。
家族という一番深いはずの繋がりも希薄な僕には、少し空虚な場所だった。
一家団欒の図も僕には、テレビの中の話だった。
一緒に暮らしている家族がいるのに夕飯を一人で食べる、慣れていても時々寂しくなる。
回りが賑やかだと余計に実感してしまうし、それが好きにもなれない理由だった。
それでもやっぱり東京という街が僕の住んでいる場所で、会話が少なくても家族は家族で。
テレビの向こう側にあるのは、何より憧れたのは家族全員で食べる夕食の風景、僕にとって別の世界に違いなかった。


だけれど、あの日、目の前に広がっていたのは、遮るものが何もない空。緑と土の匂い。親類との繋がり。大勢での食事。どれもが知らなかったものばかりで。

圧倒された。
戸惑った。
同時に、羨ましかった。
こんな場所にいつかまた来たいと思った。
帰る日を思うと、少し寂しくなった。

憧れたものがあったから。
出会えると思っていなかったから。



その場所に今、再び来ている。
当初の予定ならあの夏で終わっていたはずなのに、繋がったままの事実が無性に照れくさい。
だってまさか夏希先輩と付き合うことが出来るとは思っていなかったのだ。
何が待ち受けているかも知らず、憧れの先輩との旅行にそわそわして、告白するつもりだってあの時点ではなかった。
なのにまた此処に来ることが出来ている。

それが嬉しかった。

夏希先輩とのことも勿論そうだけど、あの輪の中に再び入れることが嬉しかった。
一夏の経験は、大きなものを与えてくれたように思う。
陣内家との関係ばかりではなくて、東京に帰ってからは心がけて母と会話をしたり、父と連絡を取るようになったせいか、前より家族の繋がりが良くなっている気もする。
高二の夏は僕にとってまさに分岐点。

忘れられない、夏だ。



坂道を登る。
暑さに汗が流れる。
去年圧倒された門は新しくなってはいたけれど、その面持ちは堂々たるもので、一年前を思い起す。
二人並んで門をくぐり、さらにまた坂を登る。
やがて見えてきた玄関先で迎えてくれたのは、陣内家の17代目当主となった万里子だ。

「万里子おばさん!」
「いらっしゃい、夏希。健二さんも、いらっしゃい。よく来たわねぇ」
「どうもお久しぶりです。またお世話になります」
「疲れたでしょう。さぁさ上がって」
「はい」

去年迎えてくれた時、勘違いから随分と失礼をしてしまったことは、苦い記憶として残っている。
奥の方からばたばたと走り回る音が聞こえてきた。おそらく夏希の幼い又いとこ達だろう。
多くの人の気配もする。
普段は聞くことのない音や、感じることの出来ないものが溢れている場所だ。
今年の夏も数日の間、此処で過ごすことになる。

また来れて嬉しいです。

そう言ったら、笑ってくれるだろうか。








あの夏の出会いがくれたもの。
かけがえのないもの、大切なもの。












(09/09/13)

途中ネガティブ健二くんになり過ぎました。
健二にとって陣内家との出会いは衝撃で、陣内家にとっての健二との出会いも同じじゃないかと思います。

出会ったのは人であり、場所であり、自分。



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