満月の夜。
白銀の光に照らされた石畳を、ひとりの妖が飄々と歩いていた。
根城を抜け出てきてからおおよそ一刻ばかり。
まだ夜半のいい刻限ではあったが、さして興味をそそられるものもこの晩はなく、下僕の誰かを捉まえて月見酒にでも興じようかと、根城にしている屋敷へ続く道を戻っているところであった。
それにしても、と妖は歩みを止めて頭上の月を見上げた。

「今日の月は何とも物悲しげな色じゃのう」

人の気配はおろか、妖の姿さえ一つもない静か過ぎるほどの夜に、月は灰青く光る。
泣いているようにも見える、と人は言うのかもしれない。
ふいに何かに呼ばれた気がして視線を巡らせた。
辺りを見渡すと視界の端で動く小さな影。
月光に明るい毛色が輝く。
その影は人でもなく妖でもなく、一匹の猫だった。
いや、それは正しくない。
寿命を越えてもなお生を絶やさず、妖の領域へと半分ばかり足を踏み入れた猫だった。
近づいても怖がるそぶりも逃げ出す仕種も見せないその猫は、凛とただ己を見上げている。

「ふっ。面白い奴じゃ。お前さん、ワシと来るかい?」

そしてまた、一匹が集う。





真夜中を過ぎても、とある屋敷では行灯の光が灯っている。
住んでいるのは人ではない。
かつて人が住んでいたこの屋敷には、妖が仮初め宿として住み着いていた。

「…総大将、それは、いかがなさるおつもりですか?」
「飼うに決まっているだろう」
「………」

何を考えているんだこの野郎、と思ったかどうかはカラス天狗しか知らない所ではあるが、呆れた下僕はひとりではなかった。
何も言わないのは誰もが無駄だと知っているだけで。
いやカラスも承知しているものの、何かを言わずにはいられないのはその性格ゆえのことである。

「なに、猫又になりかけておるんじゃ、そのうち戦力になるかもしれんぞ?」
「…ええ、分かりました。それはそれとして、あとで化猫組の誰かにでも聞いたほうがよさそうですな」
「ああ、そうだな。声かけといてくれ」
「はい」

頷きその場をあとにするカラスの背中を見送って、ぬらりひょんは膝の上に猫を抱え上げた。

「こいつにも名前が必要じゃのう。雪麗、何か良い案はないかい?」

すぐに思いつくものはなく、今まで傍観していた雪女が傍に寄って来るのを視界に入れて問うてみるが、妙案は返ってこない。

「そんなのあんたが拾ってきたんだから、あんたが決めたら?」
「ふむ…」

それもそうかと考え込むこと数秒ばかり、閃いた名は雪麗の声が響いたあと満場一致で取り下げられることになる。

「よし決めた。こいつの名前は"とら"じゃ」


「…っ、いくら何でも見たまんま過ぎるわよ!」


大人しく膝の上でまるまっていた猫も、にゃおんと、抗議の声を上げた。





さてさて、猫の名前は如何に?









(10/04/17)

「3/7 CRUSH!28」 配布フリーペーパー掲載物/微修正済


落描きとlogにある総大将と猫の絵はこれのイメージでした。
猫又になった仮称とらの話も有るような無いような感じなんですが、それはまた。
名前はあのあとに雪麗が付けました。


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