けれど、可愛いだけの子ではないともう知っているから。
しょうがないから、認めてあげるわ。






夕まぐれの
やさしい色を憶えてる









話し声と調子の良い音が響く。
立ち上る湯気。やがて漂い始める食欲をそそる香り。
傾きかけた太陽の光が、格子の間から覗いていた。

視界の端に、妖たちに混ざって忙しなく動いているこの屋敷唯一の人間の姿を認めて、雪麗は感情のこもらない瞳を向けた。
その背は勝手口の柱に預ける。
彼女がこの風景にいることへの違和感は既にもうない。
それほど奴良組の中に溶け込み、受け入れられたということなのだろう。
それは彼女の努力の賜物でもあるし、日常的に仲睦まじい二人の姿を見せられれば、むしろ慣れないのはその光景だった、嫌でも情は傾く。
未だに僅かながら聞こえてくる疑心の声も時間が解決するだろう。
(まぁ、祝言のあの日あの時に認めてしまった輩がほとんどなんだろうけど)
手際の良くなった包丁使いに、その努力の片鱗が窺える。
初めて彼女がこの場所に立った時、あまりの使えなさに笑い飛ばしてやったことが久しく思えた。





***



どうにもぎこちない手先は見ているこちらが怖くなるようで、現にはらはらと見守る視線がいくつかあった。
そこで彼女が、自ら炊事をする必要のない家の生まれだったと思い出した。
勝手になんて立ったことすらなかったに違いない。

「…そういえば箱入りだったわね、あんた。危なっかしいったらありゃしないんだから」

「すみません。…難しいものですね」

「当たり前よ。指切ったり火傷する前にさっさと出て行きなさい。あんたがやる必要はないんだから」

そう。此処でだって彼女がやるべきことではないのだ。
勝手方の妖たちはみんな手練れと言って良い腕だったし、それが彼らの仕事で、居場所でもあるのかもしれない。
総大将の側に寄り添うことを許された唯一人である彼女は、新たな居場所を既に手に入れているはずだった。
それが突然自らも手伝いたいと申し出てくるなんて、まだあまり接したことのない妖たちの困惑が予想しなくても分かる。
だからと言って自分が呼ばれる理由は分からないけど。
(ぬらりひょんはどうしたのよ。あいつは)
少し切なげにそうなのかもしれませんと笑ってみせた表情は、ぬらりひょんこそ見るべきなのだ。
やがて、でも、と言い澱んだ彼女を怪訝に思いながら先を促せば、真っ直ぐな瞳と出会った。

「雪麗さん、………教えて頂けませんか!?」

「はぁ?」

やけに真剣な眼差しに一瞬だけたじろいだ。
強い光だと思う。
そして儚い光だとも思う。
勝手に立とうとしたのは冗談でも、気紛れでもないのだ。
ああ、そうだ。そういう人ではないと知っているではないか。
澄んだ瞳の奥から胸中に秘めた決意を、それが何かは分からないけれど、感じられた。
(…そうね。他人が何に悩むかなんて分からないものよ)

「…し、仕方ないわね。私は優しくなんかないわよ?」

「っはい!宜しくお願いします」

あとから聴いた真剣さの理由は、胸が妬けるようなものでもあったけれど、悪くないとも思えた自分が不思議だった。



***





耽り始めた意識を浮上させたのは少女の明るい声だった。

「あら?雪麗さん!いらしてたのですか」

「何よ、いちゃわるい?」

「いいえ。丁度良かったです!煮物を拵えてみたのですが、味見して下さいませんか」

そう言うと返事を聴くよりも早く小皿に煮物を取り分けていく。
そして笑って差し出されてしまえば断ることも出来なくて、箸でよく煮上がった里芋を一つ口に運んだ。
…まったく。
嗚呼まったく、本当やってられないったらない。

「…美味しい」

「ほんとですか!?ああ良かったです。まだまだ雪麗さんのように上手に出来なくて」

嘘なんか吐いたって何にもならないじゃない。
これはあんたが頑張ってきた結果だもの。
私はそれを知ってるもの。

「それは当然よ。私にあんたが簡単に勝てるわけないでしょ。…精進なさい」

「はい!頑張ります」









でも、そうね。
アンタのそういうとこ嫌いじゃないわ。












(10/02/11)

雪麗と珱姫はしだいに仲良くなっていったらいいと思います^^
珱姫が料理することはあったのでしょうか?
もしかしたら無かったのかもしれませんが、私が総大将の為に作って欲しかった←←←
雪麗は料理上手なイメージです!

"勝手"="台所"



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