「え。お風呂に連れていきたい?」

瞳を輝かせてこくんと頷いた彼女に、僕は折れるしかなかった。











見えない夢の狭間で











『ピンクちゃんだけでもかまわないのです。どうにかなりませんか?』
そう、前ふりもなく突然切り出したラクスに動じることもなく、何が?と尋ねた。
『一緒にお風呂に入りたいんです。連れていけるようになりませんか?』
『え?』



そんなラクスの『お願い』を聞くために、マードックさんから工具を借り部屋に籠もること小一時間。
どうやら僕でもどうにかなりそうなので、一息をついた。
マードックさんには一体何に使うんだ?と聞かれたが、ハロをお風呂に入れられるようにするためとは言えるはずもなく。
言いだした張本人は、すっかり解体されてしまったハロ(彼女曰くピンクちゃん)を見て心配そうに覗き込んでいる。


「…そんなに心配しなくても大丈夫だよ?ちゃんと直すから」

「はい。それは分かっているのですが」

「アスランじゃないから、心配?」

そうではないと知っているのに。
少し意地悪かなと思いつつも、頭の隅に浮かんだ疑問を聞かずにはいられなかった。

「ち、違います。キラ!!それは」

「うん、知ってるよ?」

「キラ!…もう」

少し怒ったように頬を膨らませる。それがまた可愛いのだけれど。
彼女には言わない。きっとふざけないで下さいと、また怒るだろうから。
だから今はごめんね、と一言謝って作業に戻る。
だがしかし、彼女が必死で否定する様子に、ほっとしている自分がいるのも確かで。

「…このような状態のピンクちゃんを見るのは初めてなので」

「…そうなの?」

今までアスランにメンテナンスをしてもらう事もあっただろうから、1度くらいは見たことあると思っていたのだが。

「はい。ですから、心配と言いますか、不思議と言いますか」

「へぇー。そうなんだ。確かにいつも動いてるものの中を見るのって不思議なのかもね」

「はい」



それから、興味を持ったのかあれこれと聞いてくるラクスに、分かる範囲で答えながら作業を進めた。
最後のネジを締めて、電源を入れる。


『ハロハロッ。ラクスぅー』


電源の入ったハロは、言葉を発しながらラクスの手の中にすっぽりと収まった。

「まぁ、ピンクちゃん。どうなさいました?」

「くす。良かった、大丈夫みたいだね」

相変わらずな様子のハロとラクスに笑みが零れる。
同時に問題なさそうなので、安心した。

「ありがとうございます、キラ」

「どういたしまして。これでたぶんお風呂につれていけると思うよ」

「はい。せっかくあんな素敵な温泉があるんですもの。ピンクちゃんとも入りたかったんです。でも」

「…でも?」

「カガリさんが見たら、呆れられるかもしれませんわ」

突然名前の上がった自分の姉を思い浮かべてみる。
最近は少し元気がない。
けれど、ラクスがお風呂にまでハロを連れ込んだら、さすがに呆れるというか。
唖然とするかもしれない。
容易に想像出来て、可笑しくなる。

「…そうかも」

「でしょう?」

「うん」

顔を見合わせてどちらともなく笑いあった。
この穏やかな場所が、戦いに赴く軍艦の中だというのが信じられないくらいだ。
もしかしたら、不釣り合いなのかもしれないけれど。

「少しでもカガリさんが元気になって下さればいいんですが」

「…そうだね」

「キラは、厳しいことを仰いますし」

「それは…!」

この間の事を言っているらしい。
確かに厳しい事を言っている自覚はあった。
でも、それは自分が言うべきだと思ったから。言わなければならないと思ったから。
そう言おうとした時、ラクスににっこりと笑って「分かっています」と告げられた。

「…ちょ、ラクス」

「さっきのお返しですわ」

「………」

「くすくす。キラ、眉間に皺がよっていますわよ」

言いながら、ラクスがコツンと指を眉間にあてる。

「…誰のせいだと思ってるの?」

「あら。私のせいですか?」

飄々として、いかにも知りませんというように首を傾げる。
その様子にああ、なんでもいいやと、仕返しされたのもどうでも良くなってしまった。

「全く。無意識だから困るよね」

「何がですか?」

「ううん、何でもないよ。それより、カガリをお風呂に誘ってみたら」

話題に出したくらいだから、きっと一緒に入りたかったのだろうと予測を立てる。
もしかしたら、ハロを連れて行きたいと言い出したのもその為なのかもしれない。

「今お誘いしても大丈夫でしょうか?」

「うん。考え込んでても仕方ないと思うしね。ラクスに話を聞いてもらえたら少し楽にもなると思うんだ」

「でしたら、早速お誘いしてみますわ」

そう言うとどこか嬉しそうに、カガリの部屋に通信を入れている。
こういう時は普通の女の子なんだなぁと感じてしまう。
普段の彼女にはあまり見られない、年相応の反応。
自分の前でしか見せない姿。
それが何だか嬉しいのは、自分が特別でいられるのが分かるからだろうか。

通信を終えたラクスが、嬉しそうに顔をこちらに向けた。
どうやら話がついたらしい。
行ってきますと言いおいて、部屋から出ていった。

茫然とするキラを、ひとり部屋に残して。






















それは、ラクスが部屋を出ていく直前に放った言葉。


『あ、キラも一緒にどうですか?気が向いたら来てくださいね』





「………呆れられるっていうかさ。それだと僕、カガリに殴られる気がするよラクス」













07/10/11
DESTINY/Special Edition2

あの追加カットに関しては沢山の方が書かれているのですが、また違う話になればいいなと。



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