情けなさそうな表情をしてアバターが携帯の液晶画面の中で立ち止まっている。

『送信しますか?』

『Yes.』『No.』



『No.』を選択。メールを保存して、折り畳み式のそれを開いたまま机の上に投げ出した。
深い溜め息と共に。

「何溜め息なんかついてんの?」
「っうわぁぁあっ、さ、佐久間!?い、いつ戻ってた?」
「お前が真剣にメール打ってる辺りから。あ、それお前のね」

夏休みも終わりへと近付いた金曜日。僕と佐久間は相変わらず物理部の部室でパソコンに向かい、OZのシステムの保守点検のバイトをしていた。
近くのコンビニに昼食を買いに行っていた佐久間が、いつのまにか戻っていたらしく、声がかかったことにびっくりして危なくイスから落ちそうになる。
驚いたのはいきなり声をかけられたせいばかりではなくて、打っていたメールの内容のせいだったりするわけだけど。
戻ってたのなら教えて欲しい。お前のとキーボードの横に置かれたビニール袋の中身を確かめながら、そんなことを思う。

「でさぁ、さっきからメール一通送んのに悩み過ぎじゃね?」
「そ、それは」
「好きですってちゃんと伝えて、それでOK貰ったんだろ?臆す必要なんかないじゃんか」

確かに伝えた。好き所か大好きですとご親戚一同の前で宣言してしまった。
そのあと囃し立てられるまま頬にキスなんてたいそうなものも頂いてしまったけれど、あの時の自分と言ったら情けないにも程がある、あれはどうなんだろうか?
…え?そこまで思い出して、思い出した自分自身で顔が火照るのを感じながら、ちょっと待てと思い立つ。

「なななななんで!?」
「どもり過ぎ」
「なんで、メールの相手夏希先輩だって!?」
「いやぁ分かるっしょ。顔に出てるもん、お前」
「ええっそんなにっ?」
「そんなにだな。えーと、なになに『こんにちは。夏希先ぱ』」
「わーわー、読むなバカっ!」

気付いた時には携帯を佐久間に取られ、メールを読まれていた。机の上に放りっぱなしだった自分が悪いのだけれど、それでも読まないだろう普通。
手を伸ばし取り返そうにも躱されて上手くいかない。「返して欲しい?」なんて絶対楽しんでやがるなこいつ、と思いながらもそれどころではなく必死になって首を縦に振る。

「じゃあ、アイスね。あ、ガリガリ君はなしだぜ?」
「…分かった」
「ついでにコーラも」
「…なっ、……ダイエットじゃないやつだろ?」
「そうそう分かってんじゃん」

調子に乗るなと言いたかったが向こうは携帯を持ったままだ。
「戻ってくるまで何もするなよ」と念を押し、「はいはい」と些か信用出来ない台詞を背中に受けて部室を飛び出した。
暑いだとか、疲れるだとかそんなことを言っている場合ではないのだ。
早く取り返さないと、どうなるか分からないのだから。まだ決心の付かないメールを送信されても困る。
普段は何とも思わないコンビニまでの距離がやけに遠く、恨めしく感じた。









「あーあ、甘いなぁ健二くん」

健二が飛び出して行ったあとの部室で、残った佐久間は一人にやりと微笑む。
こんな簡単な手にひっかかってくれるとは、余程何もして欲しくないらしい。
これは期待に応えないとな。健二の携帯のボタンをいくつか操作すると、それから机の上に戻した。
あれから使用している黄色いリスのアバターの背中が、画面に消えていく。
邪魔をしたいわけではないし、囃し立てたいわけでもない。何くそと思ったりもしたけれど、だってもう良い返事が来ることは目に見えている。
それにしても二人が二人でちょっと焦れったいので、どうにかしてくれ、という気持ちでいっぱいだ。
覚悟を決めてしまえよな、健二。
願わくは、友人と先輩に幸あらんことを。

「なんてな」

買ってきた菓子パンをビニール袋から取り出すと包装を開け、大きくかぶり付いた。
うん。甘い。












『送信完了しました』














(09/08/27)
title by 群青デイズ(closed)

健二さんと夏希先輩は夏休み最後の日曜日、一緒に花火大会に行ったそうです。

→09/11/14 加筆修正


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