今日は随分と月が明るい。灯りを点けなくても動けるくらいに明るい。
喉が渇いて目が覚め、台所でコップ一杯の水を飲んだ部屋への戻り道、暖簾の隙間からリビングに月明かりとは違う光を見つけた。
さっき通った時には気付かなかったが、液晶画面のいかにも人工的な白い光だ。暗闇には少し強過ぎるように思う。
暖簾を押し上げて見やれば、照らされ浮かび上がった人影も確認出来た。近付かなくても誰なのかはっきりと分かる。
そもそもノートパソコンを使用する人間など限られているのだ。パソコンの横に置かれた瓶がさらに範囲を限定する。

「こんな夜半に一人酒とは、寂しい奴だなぁ」
「…別にいいだろ。俺の勝手だ」

テーブルの上にノートパソコンとビール瓶を置いて、右手にコップを持ちチェストに座っていたのは侘助だ。
自分はダイニングにあるテーブルに浅く腰かける。
画面に向いたままの視線がこちらに向けられることはない。
会話をしたい訳ではないから、勝手に話すつもりでいた、それは別段問題ではなかった。返事が来なくたって良かったのだ。

「来週アメリカに帰るんだって?ずっと居ればいいのにって言ってたよ」
「はん、そんなこと言うのは夏希だろ?簡単に言ってくれるが、俺だって向こうに仕事あるっての。第一あいつは俺よりも彼氏を気にしろよ」
「夏希も健二くんも、まだ恥ずかしいみたいだからなぁ」

ぎこちない二人を思い出して、苦笑する。

「恥ずかしいって、あいつら。今日日、小学生でももっと上手くやれるんじゃねぇのか」
「かもね」

付き合い初めて間もないから、という理由だけでは片付けられない初々しさがあって、見ていて可愛らしい。
いきなり変えられるものでもないだろうし、親戚がこんなに居る中でというのは少し酷な話でもあるけど。
見ている周囲の方がやきもきしそうだ。
だが、あの二人ならなんとかなるだろうと根拠のない確信があるのは、祖母を最初にこの家の人間があの少年を認めているからかもしれない。
それこそ、祖母が認めたという事実が根拠になりはしないだろうか。
だからむしろ二人より気にかける必要があるのは、目の前にいる同い歳の叔父のような気がする。
最後まで祖母は心配していただろう。

「アメリカに帰ってそれからどうするんだ?日本に帰ってくるつもりは?」
「…まだ、決めてない」

10年もの間行方知らずで、今後そんな事態になることはもう無いだろうが、叔父をこの家に繋ぎ止めるものもおそらくもう無い。
かつて、唯一ただひとりでありえたその人は、既に亡いのだ。

「好きにしたらいいよ。お前が決めることだし。でも一年に一回くらい、帰ってきたらいいんじゃないか」

すぐには帰ってきづらくても、長い間空けていた家だ、徐々に帰ってくればいい。
それでも全く連絡のつかなかった10年間からすれば進歩だ。
この家に帰ってくることは望みであったはずで、祖母も望んでいたはずで。
前とは違う。
拒む者など居ない。
今年の夏の出来事が、間違いなく自身も含めて陣内家を良い意味で変えてくれた。
喪ったものも大きく、後悔もある。しかし、得たものはこの先に続いていく何かだ。
それはこの男にとっても同じに違いなくて。

「今の季節にでもさ、帰ってきたらいい。きっと待ってるよ」

誰がとは言わなかった。
伝わっても伝わらなくてどちらでも構わなかった。
だがそれは、正しく伝わっただろう。

この家で待っている、いや待っていた人がいる。
もう決して会えはしないけれど、会いに帰ってくればいい。
それは果たして矛盾だろうか。
朝顔は来年もキレイに花を咲かせるだろうから、顔を見せに帰ってくればいい。


「…ああ」

と、ただ頷いて、閉じた瞼の裏ではきっと。










青空の下、朝顔の花が風に揺られていることだろう













(09/09/14)

朝顔の花言葉が(栄おばあちゃんだったり陣内家だったり)合っていて、とても素敵だと思います。
侘助さんと理一さん、歳が同じだからこそ言えるものがあるのかなぁと。
栄おばあちゃんと侘助さんも、41歳コンビも良いよ!


▼参考▼
朝顔の花言葉(一部)
→愛情・平静・愛情の絆・結束・はかない恋 etc




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