振り回されるのはごめんだ、そう思っているのに。 パチンと蓋を開けると、それだけで消毒液の匂いが部屋に広がった。 すっかり嗅ぎ慣れてしまっているそれは、何の感慨も呼び起こすことはない。 縫うほどではない傷口を消毒し終えると、今度はガーゼと包帯を取り出し手際よく巻いていく。 「…君さぁ、もう少し優しく手当て出来ないの?」 包帯の扱いも既に慣れてしまったものの一つだ。 対象は自分だったり仲間だったり、今文句を言いつつもされるがままのこの人だったりと様々だったけれど。数をこなせば、いくらなんでも慣れる。 上手い方だとは思う、ただそれが丁寧かどうかは人によってしまうだけで。 「臨也さんじゃなかったらもっと丁寧にやってますよ。ていうか俺に優しくされたいんですか?初耳です」 取引を終えて事務所に戻ってきた臨也は、不機嫌が珍しく丸分かりの体だった。 鉄の匂いとその様子でだいたい何があったかは聞かなくても予想出来たので、自ら地雷を踏みに行くのは避けたくてスルーを決め込んだのだが。 そう上手くいくわけもなく、嫌々ながら手当てをしているのが悲しい現実だ。 「そうじゃないけど。傷の手当てだよ?痛いのやだもん、俺」 「"もん"とか言われても気持ち悪いだけなんで、やめて下さい」 喧嘩の相手は例によって平和島静雄。今日はあろうことかガードレールを引き剥がしたらしい。 思わず耳を疑いたくもなるけれど、一度でも喧嘩を見たことのある人間は知っている。それが誇張でもない事実だということを。 その相変わらずの戦歴に俺は、池袋は今日も平和だなぁなんて内容には不釣り合いな感想をうっかり持ってしまった。 …俺、悪くない。悪いのはもう何年も同じ状態だというこの人たちだろう。 いい加減飽きても良さそうなものなのに。 「…あーあ、何でシズちゃんって存在してるのかなぁ。ほんと世の為にならないよね」 「は?それはアンタだろ!?世の中を思うなら消えて下さい。マジで」 一体どの口がそんなことを言うんだろうと思う。 この人がためになるようなことを考えるわけがないのだ。 「…正臣君、ちょっと最近特に言葉が冷たくない?」 「そっすか?標準装備ですけど」 「怖い顔だよ?」 「生まれつきこんな顔ですよ、すみませんね」 「嘘ばっかり。昔はもっとかわいい顔してた」 「…褒められてる気がしません。はい、手当て終わりました。さあ仕事戻って下さい」 「はいはい」 「俺はあと少しで言われた分終わるんで、終わったらさっさと帰らしてもらいますよ」 「ん、いいよー。任せたものさえちゃんとやってくれれば」 少し、ほっとした。 相手をしているとひどく疲れるのだ。見透かされているような、そんな感覚に陥ってしまって。 ようやく投げ出したままになっていた資料の整理に戻れる。宣言通り終わらせてさっさと帰ってしまおう。そう思って立ち上がった時だった。 「ところでさぁ、聞きたいんだけど」 「何ですか?」 反射で返事をしてから、しまったと思った。仕事のことだと思ったのだが、すぐに違うと気付いた。 臨也が何かを見つけた顔をしていたから。 「今日はやけにつっかかるけど、それはどうして?」 これが他の人だったら良い。 適当な理由をでっち上げてしまえるし、たとえ気付かれてもきっと誤魔化されたフリをしてくれるから。 「…別に、何もないですよ。だいたい普段からこんなものでしょ?」 でも、この人は絶対に誤魔化されてくれない。 「そうなんだけどね。ねぇ、正臣君」 譲歩もきっとない。 「………」 「俺の目を見なよ」 「…っ」 だから俺は、蛇に睨まれたかのように、捕えられてしまう。 「正臣君、どうして?」 にやにやと歪んだ目元がムカついた。 わざわざ聞かなくたってとっくに理由に辿り着いていて、それでも本人に言わせようとする。 その原因も、自ら意図的に作り出しているのだ。本当にいい性格をしている。 「…気付いてるくせに」 帰ってきた時、鉄の匂いの他にもう一つ別の匂いを服に染み込ませていた。女性が好むような甘ったるい香水の匂いをである。 臨也が好むようなものでは決してなくて。 取引だと言って出かけた先で、何をしてきたかなんて簡単に予想がついて。この人のことだからその場で思いついて即実行した可能性もあるけれど。 問題は、それに気付いた時の俺の反応を全て分かった上でやっているということだ。 「で、どうなの?」 「………」 「正臣く〜ん?」 「…っ、…その匂い、」 ああ、この人は本当にいい性格をしている。 「その匂い、やです」 にんまりと笑った顔がまるで、よく言えました、そう言っているようで不愉快だった。 振り回されるのはごめんだ、そう思っているのに。 たぶん、また、俺は同じことを繰り返す。 果てのない矛盾 (10/08/05) title by 夜来 CRUSH!30発行、臨正無配本の再録です。 ちょっとだけ加筆。 取引の帰りにいかにも遊んでる風の女の人に声をかけられた臨也さんは、ちょうどいいから利用しちゃえと前々から思ってたことを実行します。 そして意気揚々と事務所に戻る途中シズちゃんと遭遇するわけです。機嫌が悪かったのこのせい。 でも正臣くんが予想通りの反応をしてくれたのが嬉しくて機嫌は直る。 嫉妬する正臣くんが見たいよ、な臨也さんでした。 説明しないと分からないとか…orz…精進。精進。 私が書く臨正にしては比較的甘くなった気がします(気のせいだ) ※ブラウザバックでお戻り下さい |