正臣は切れた唇の端に絆創膏を貼りながら、これを見た親友たちにどう誤魔化そうかと考えていた。
正直に喧嘩をしたと言ったら心配するだろうし、転んだとかその他どの理由にしたって心配をかけずには済まないだろうから、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
いっそのこと治るまで学校休んでやろうかなんても思うけれど、それこそ心配させるだけだ。
どうしても躱せない時でも顔など隠せない場所は避けていたのだが、いくら喧嘩慣れしてるとはいえ今回は相手が多すぎたのだ。
打撲とこの程度の傷で済んだのは不幸中の幸いだろう。
むしろ向こうの連中の方が酷い状態だった。
同情などしてやる義理もないしするつもりないのでどうでもいいけれど。
どうせ目の前にいる男から金を貰ってやっていたはずなのだから。

「あれでも勝つとは、ちょっと驚いたよ」
「勝ってませんよ。だいたい最後、向こうのリーダー格の男蹴り飛ばして切りつけたのあんたじゃないっすか」

喧嘩中どこで見ていたのかは知らないが、いきなり乱入してきて最終的に伸してしまったのは臨也だった。
おかげでさらに怪我をせずに済んだのは良かったけれど、意味が分からなかったのは俺もあいつらも同じだろう。
もしかしたら、衝撃はあいつらの方が大きかったかもしれない。なにせ依頼主から攻撃を受けたのだ。

「だって、あの男正臣くんの顔に傷つけるとか、ありえないでしょ?」
「……はぁ。そう言うくらいならやめればいいのに」
「あれ?もうやめろって言わないんだ?」
「俺が今さらやめろって言ったところで、やめるんですかあんたは」
「あはは。それは無理って話だよ、正臣くん」
「ですよね」

救急箱を片付けながら、原因である男の家で毎回毎回手当てしてるのも滑稽な話だなぁと正臣は思う。
それもこれも臨也という人間の愛情表現が歪んでいるのがいけない。
こいつは痛め付けられる姿が見たいとか嬉々として言いやがった変態だ。
相手の力量を選んでる辺り一応の譲歩はあるらしいけれど。
それこそ最初のうちは喧嘩をしかけられる度に反発していた。それが今では呆れはするものの不思議と怒りが沸いてこなくなった。
慣れてしまったのだ。
ちょっとおかしな日常にも、歪んだ男の愛情にも。
とりあえず、命の心配しなくていいようだし。

「ごめんねぇ、こんな表現しか出来なくってさぁ」
「…そういうのは悪いと思ってる人間が言うんですよ。欠片も思ってないくせに」
「酷いなぁ。これでも少しは思ってるのに」

そう言ってにっこりと笑う、いやな笑みだ、その顔から感情は読み取れなくて言葉の信頼性は無い。
無いけれど、自分はまた近いうちにこの部屋へ手当てに来るのだろう。
少しずつ、少しずつ流され始めている。

「じゃあ、俺かえ、」
「ねぇ、正臣くん」

帰りますと続くはずだった言葉は遮られて、名前を呼ばれた。
こういうトーンで呼ばれた後になんて続くのか、もう分かっている。
聞きたくなくて、耳を塞いでしまいたかった。

「ねぇ、正臣くん」
「…何ですか」

けれどそんなことも、無視することも出来るはずがなくて、鞄を手にしながら嫌々というように顔を向けると、予想通りの赤い瞳が待ち受けていた。
逸らしたいのに、逸らせない。
あんたの真剣な表情なんて見たくなんかないのに。
抗うことが、拒むことが出来なくなるから。


「好きだよ」


幾度となく聞かされてきた。
その度に言葉の意味と、行動が伴ってなくて混乱するのだと恐らくこの男でも知らないだろう。
そして毎回毎回同じ台詞で返すのが、だんだんと辛くなってきていることも知らないだろう。

「…俺は、嫌いです」

知られたくない。
自分も知りたくない。
嘘吐きはいけないなぁと赤い瞳が笑うのを、俺は見なかったフリをした。










知らない、知らない、知らない















(10/07/19)
title by 夜来

宣言通り甘い臨正を目指す。
結果→撃沈。



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