降り止まない雨。
それどころか朝よりも幾分か強くなっている雨足に正臣はうんざりと息を吐いた。
毎年のこととはいえ、この梅雨時の雨には嫌気がさす。
バケツをひっくり返したような、とはよく言ったものである。
窓から見えるのはひどいどしゃ降りで、こういう時傘はあってもなくても大して変わらないのだ。

「睨んだって雨はやまないよ?」
「…わーってるよ。でもさ、深夜からずーっと降ってて、昨日もその前も、そろそろ太陽が見たいって思っても人間おかしくないと思う」

沙樹から紅茶の入ったマグカップを受け取りながら、どうすることも出来ない天気への不満を告げる。

「この降りようだと出かけるのも億劫なんだよな」

無理して出かける必要があるほどの用事はないけれど、少しの雨なら街に繰り出したかったというのが本音だった。
急ぎではないものの、あいつから頼まれたものをさっさと済ませてしまいたかったからだ。
何を企んでいるのかは知らないがここ最近姿を見ていない。見たくもないのでそれはいっこうに構わないのだけれど。
あいつの考えていることが良い方向に回るはずはなく、音沙汰が無いのも逆に気持ち悪い。
(っくそ、嫌なことまで思い出した。あいつを刺した奴、どうして殺してくれなかったんだ)

「そうだね。買い物行くのも大変だし、洗濯物乾かないのは困るなぁ」
「あー、それも困るよなぁ」
「でも、私は正臣と一緒なら一日部屋にこもってたってなんだっていいよ?」
「……かわいいことを言ってくれるじゃないですか、沙樹さん。なら今日は」
「あ、そうだ。やっぱり今日は一日家に居ようよ。一緒にケーキ作ろう」
「…沙樹、俺の話聞いてる?ってか、ケーキ?」
「そう。昨日のうちに材料買っておいて正解だったかも」
「それはいいけど、でもなんでケーキ?」

正臣にとってケーキは買うものであって、自ら作ったことはない。沙樹にしてもお菓子をよく作ると聞いたことはないし、一緒に暮らすようになってから見かけたこともない。
何かを一緒にというならばあえてケーキにする必要もないはずで、わざわざ材料を用意している辺り本気らしい、正臣の頭には疑問符が浮かぶばかりだ。

「やっぱり気付いてないね」
「は?」

加えてそんなことを言われても、疑問符が増えるばかりで、一体何に気付いてないと言うのか。
今日は特に何もないし、別段変わりのない、どしゃ降りであることを除けば普通の日だ。

「さて、今日は何月何日でしょう?」
「何日って、6月じゅう………」

どこか楽しそうな沙樹にも首を傾げつつ、問われるまま日付を確認すべく携帯電話のディスプレイを見る。
カレンダーなんてものは部屋を見渡したところで無いのだから見ることは出来ない。
液晶画面に刻まれた単調な数字に、やっぱり普通の日だよなと思ってすぐ、その数字が意味するものにようやく気が付いた。

「気付いた?」
「…俺の誕生日……」
「正解」

6月19日。
その日が表すもので俺が関係しているもの、それは自分の誕生日に他ならない。

「17歳の誕生日おめでとうだね、正臣」
「ああ…!」
「今年は直接言えて良かった」
「っ……ああ…」

去年はまだ、沙樹から逃げていた頃だ。
メールで祝いの言葉を貰ったけれど、それだってまさか貰えるとは思ってなくて、胸が痛んだのと同時に嬉しかったのも覚えている。
消すに消せなくて、携帯電話を変えてからもそれは残してあった。

「去年は晴れだったのにね」
「そうだったっけ?よく覚えてんなぁ」
「正臣、病院までは来てくれたでしょ?」
「…それもよく覚えてんなぁ」

自身にとっては苦い記憶に、正臣は苦笑する。
誕生日だったから、というわけではないが、行ったことは覚えていた。
あの日は温かい記憶の一部でもあるから。
帝人と杏里と過ごした最初の誕生日を、彼らと門田やサイモンという恩ある人たちに祝って貰った誕生日を忘れることはないだろう。

「ま、今年は雨で少し残念だけどな。でも沙樹が祝ってくれるから、雨でも良い誕生日だなぁ」
「なにそれ。ちょっと嘘くさいね」
「ひどっ!沙樹さんそれは酷いです」
「ふふふ。でも、そうだね、来年はもっと人が増えてるといいね」
「………そうだな」

あの輪の中に今度は沙樹も加わって騒いでいるいつか、そんな日が本当に来るかどうかはきっと自分しだいだ。
いつか、いつか、それを夢ではなく現実と呼べるように。

「じゃあ、さっそくケーキ作ろうか」
「おう。って、え、あれ?俺、自分の誕生日なのに自分で作るのか?」
「関係ないよ。正臣気付いてないみたいだったから目の前で作ってもバレないだろうなとは思ってたんだけど。今日は一日家に居るんでしょ?だったら、私は正臣と一緒に作ったほうが楽しいよ?」
「…ったく、しゃーねぇなぁ。言っとくが料理はするけど、お菓子なんか作ったことないかんな。あてにするなよ」
「大丈夫。大丈夫」
「…何が大丈夫なんだよ」

そう呆れつつも、口元が自然と綻ぶ自分も自分だ。
満ち足りてるとは言わない。欠けているものがある、欲しているものがある。
それでも、重たかった雨音が柔らかく感じるのは、こんな瞬間のおかげだと正臣は気付いていた。
外は、止まない雨。
けれど、いつかは止む、雨だ。


「あ、今日は何でも我が儘きいてあげるよ?」
「なにその殺し文句」










「     」
あなたに伝えたいことがあります
















(10/06/19)
title by 夜来

「」に入る言葉は沙樹ちゃんから正臣へのおめでとうでもあるし、正臣から沙樹ちゃんへのありがとうでもあるし、それ以外の言葉でもあります。そのまま思った言葉を入れてあげて下さい。微シリアスに、ちょこっとギャグっぽさも入って、甘く出来ていたらいいなぁ。
僕は僕の愚かさを知っていると対になるような、続きのような、雨の話でした。
16歳の誕生日の話はここ

正臣、誕生日おめでとう!!!













▼おまけにもならない会話

「へぇ、ケーキの型って紙製のもあるんだ」
「うん。それに頻繁に作ったりしないのに金属製の買っても仕方ないしね」
「確かにな。いつの間にか買ってるのにびっくりです」
「買ったのはこの前100均行った時」
「100均、ホントなんでもあるんだなぁ。…苺はこの為だったのか」
「そう。理由聞かれたらどうしようと思ったんだけどね。食べたいからって言ったら何も言わずに買ってくれたのにはちょっと驚いた」
「だって沙樹、あんまりそういう我が儘言わないし」
「正臣と食べたいってのはホントだよ?」
「…沙樹。頼むからあんまりかわいいこと言うな…」


終わる。




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