臨也さんの頭がちょっと弱いというか残念、かもしれない
洗濯物を全て畳み終えた時、ぶるぶると携帯が震えて着信を知らせた。短いそれはおそらくメールだろう。 内容を確認して思わず携帯を宙に放り投げたくなるが、そんなことをしても損をするのは自分でしかなく、それにこればかりは仕方がない。 嫌いだろうが、憎かろうが仮にも雇い主だ。 キッチンにいる彼女にこれからの予定を知らせるために声をかける。 まだ夕飯の支度を始めたばかりなのが救いだろうか。 「沙樹」 「なぁに」 「臨也さんが呼んでる」 今日の夕飯は外食で決定だ。 男が一人、上機嫌でパソコンに向かっていた。そのうち鼻唄でも歌い出しそうな様子に、彼の秘書は蔑む視線を送っていたが、それを気にするような男ではない。 やがて、来客を知らせるチャイムが鳴って、男は自ら出迎えるべく席を立った。 「待ってたよー。正臣くん、沙樹ちゃん」 「こんばんは、臨也さん」 「………どうも」 呼び出しを受けて事務所を訪れてみたら、出迎えた雇い主のあまりの機嫌の良さに正臣は既に帰りたい気持ちになっていた。既にも何も最初から来たくはなかったのだけれど。 可笑しなテンションの理由には来た時から気付いてはいるが、どうやってもあのテンションに着いていける気がしてこない。 こういう時はさっさと用事を済ませて帰るに限る。それだ。 「相変わらず冷たいねぇ、正臣くん。でもまぁそれが君だしね。今さら気にしないよ」 「…はぁ、そうっすか」 訂正しよう。やっぱり今すぐ帰りたい。 「それより今日が何の日か知ってるかい?」 「ハロウィンですよね?」 「正解。それだよ、沙樹ちゃん。近年日本でも周知されつつあるよね。ジャックオーランタンなんかはこの時期の装飾の定番だ」 「ええ、かわいいですよね、あれ」 「ん?そうだね、確かに愛嬌のある顔しているかもしれないね。そもそもハロウィンていうのはカトリックの万聖節の前夜に行われるイベントだよ。起源だとかお祝いの仕方とかまぁ色々あるわけだけど、日本人ってのは」 「玄関先で講釈はやめて下さい」 「なんだい?つれないね?人がこうしてハロウィンの」 「いいから本題を言え」 「トリックオアトリート!」 うわーお。 そのまま長々と始まりそうだった講釈を遮ると、お決まりのフレーズが臨也の口から発せられた。 普段なら止めようが拒否しようが終わらない独自の哲学による語りだけれど、今日ばかりは遮られたことを気にする様子もなく止めた所を見ると、誰かに言いたくてならなかったらしい。 俺は思わず心中で感嘆にも似たものを感じてしまった。 予想していたこととはいえ、そんなに楽しそう言われると背筋が凍るというか、うすら寒いというか。 ともかくだ。俺は予め買ってきていたお菓子の紙袋を差し出した。 「どうぞ」 「え?」 差し出された紙袋を見て拍子の抜けた顔に、漫画のようにクエスチョンマークが頭の上に実際に浮かんでいそうだと思った。 「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ、でしょう?だからお菓子です」 もっと焦るとでも思っていたのだろうか。 普段のすかした顔が崩れて酷く可笑しかった。してやったりという気持ちもある。 隣を見れば沙樹も同じらしく、必死で笑いを堪えていることが分かる。 え、なに、この人悪戯する気でいたの?うっわ、ホント気持ち悪い。 「はっ。なにあんた俺が予想もしていないと思ってたんすか?」 「…予想の一つではあったよ。確率としては低かったけど。なにこれ。悪戯されて困る正臣くんの顔が見たかったのに!」 「この変態がっ!いっぺん沈んでこい」 「ああもう。つんまんない、つまんないよ!正臣くん!」 「俺は面白いもんが見れて満足です」 「俺はちっとも面白くないよ。沙樹もいつまで笑ってるの」 「すみません。で、でも」 「でも?」 「臨也さんがそんなの被ってるなんて思わなくて」 余計におかしくて。 そう言って沙樹は今度こそくすくすと声を上げて笑い出した。 目に見えて臨也が不機嫌になっていくのが分かる。 だけれどこれは仕方がない。誰が想像しただろう、無敵に素敵で(自称)、池袋においてその名を轟かせる情報屋の折原臨也が。 「そんなに楽しみだったんですか、ハロウィン」 「………」 「イメージがた落ちっすよ、それ」 お化けかぼちゃの被り物を被っていようだなんて。 なんて良い笑い話だろう。 「これからしばらく話のネタには困りませんね。ありがとうございます、臨也さん」 「…覚えておきなよ、正臣くん」 お化けかぼちゃと笑いの種 (10/11/02) 遅ればせながらハロウィンです。ただの残念なギャグですみません。というかこれはギャグでもないような。臨也がおバカな話というだけの気もします。 本当はこの後波江さんも出てくる予定で、情報屋ファミリーでハロウィンパーティーのはずだったんですがが、実際途中まで書いていたのですが。 落とし所が不明になったので思いきって削りました。削った箇所は別の話として更新出来たらいいですねぇ。 ※ブラウザバックでお戻り下さい |