あの日、本当は震えていたことをお前は知らなくていい。





「…明日か」

ごろんとベッドに転がりながら、携帯のディスプレイの日付を確認した。
あと少しで今日になるのだけれど。
明日は帝人がいよいよ池袋に引っ越して来る日だった。
引っ越し作業が終わった後、池袋の街を案内することにもなっている。
一週間ほど前のチャットでそう約束した。



【………それでなんだけど、作業終わってから会えたりしないかなぁとかって、思ったりしたんだけど】
『なんだー?いまいちはっきりしねぇなぁ、』
『俺に会いたいなら素直に言えよう!』
『そしたら忙しいスケジュールの合間に会ってしんぜようじゃないか!』
【あ、ううん。別に忙しいならいいよ。次の日、入学式で会えるし】
『淡白すぎるぞ、お前!』
『四年ぶりだってのに帝人くんは俺に会いたくないんだ』
【そうは言ってないよ】
『いや、そーかそーかそれならそれでいいんだー、』
『確かにー?入学式で会えるもんなぁ、』
『わざわざ会わなくたってもさー』
【自分でふっといて拗ねないでよ】
【じゃ、空いてるんだね?】
『つまらん奴だな、』
『おうとも、その日は一日中フリーだ!』
『案内してやるよ、』


『池袋』


返ってきた無機質な「ありがとう」という文字の羅列。
それが俺には笑っているように見えた。些細なそれだけことが嬉しかった。

池袋の学校に誘ったのは自分だったし、案内してやると言ったのも自分で、待ちに待った日でもあるのにも関わらず、改めて明日会うのだと認めたらなぜだか酷く緊張している俺がいる。
どんな顔で会えばいいのだろう。
あいつにとっての俺はどういう存在なのだろう。
分からない。
もちろん四年の間に互いに違うものを見て、違う体験をして、中身も外見も全く変わっていないはずはない。
会話に問題もないだろう。顔は見えないけどチャットで話してきたのだから、そこに恐らくブランクはない。
でも、どれがあいつにとっての俺の普通なのかが分からなかった。
どうすれば普通に接せれるのかが分からなかった。
俺自身、遠くに感じてもいる。
それはひとえに、自分の過去を帝人が知らないからだ。
過去と言うほど昔のことではないし、伝えなかったのは自分の意思なのだけれど。

(俺は俺だ。このままで行けばいいんだよ。何も深く考えることじゃない)
(大丈夫だ)

大丈夫、そう言い聞かせて。
楽しみや嬉しさ、期待と、少しの不安、緊張を抱えながらその晩俺は眠り就いた。
朝方になって夢を見たことを覚えている。
内容は忘れてしまったが、例えるなら灰色の夢。行き先の混迷さを表すような、霞のような夢だった。



翌日の夕方。
そわそわと落ち着かない心のまま、待ち合わせの場所に向かった。
緊張のせいか微かに震える身体を自覚して、自嘲気味に笑う。
本当、自分というやつは仕方ない。
そしてもう一度笑った。
やがて、その姿を見つけた時、心臓が強張ったのだ。
(…帝人だ…!)
人混みが邪魔だったけれど、すぐに分かった。間違えようがない。
誰かにぶつかって謝っているらしい。途中で誰もいないことに気付いて、戸惑いが見える。
多少ぶつかられたくらいでそれを気にするような人はいない。
帝人は早くも街に呑まれたような顔をしていて、その不安そうな表情は記憶のままで、可笑しくて。
変わっていない。
変わっていない。
その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
自分との違いに泣きたくもなった。
なぁ、帝人。
お前は俺の過去を知った時、それでもそばにいてくれるだろうか。



「え、あれ……紀田君?」
「疑問系かよ。ならば応えてやろう。三択で………」

新しいものを目を輝かせて見ている帝人の姿が酷く眩しい。
こいつのそばならまた心から笑える気がする。もう一度やっていけるような気がする。
そして憧れた。羨ましかった。
どうやっても過去は変えられないものだから、染み着いたあいつの言葉のように。

それから街を巡って、沢山話をして、沢山笑えた気がする。
これからの学校生活はきっと楽しいことに満ちていると、期待させてくれるほどに。
ああ、そうだ。充実した新しい日々が始まるのだ。
そう思いながらも、朝見た夢が脳裏をよぎるけれど。
漠然とした不安に気付かないふりをしながら、俺は高校生になる前の最後の日を過ごした。

それはいつかの。










さよならを彩る日















(10/10/30)
title by 3gramme.

この後やってくる別離を予想させる面と、別離の後の回想的な面と。
分かりにくいですが、そんな意味合いを含ませています。

正臣にとって帝人の存在はきっとすごく大きくて。
あんなふうに笑って再会していたけれど、本当は期待しながらも不安でいっぱいだったんじゃないかなぁ。


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