『もし海外行くならどこがいい?ヨーロッパ?北米?南半球もいいけど、アジアは無しね。近いから』 なんていう意味の分からないメールが来てから一週間、携帯が繋がらなくなった。ちなみにメールにはとりあえず美人が多いところと返しておいてある。 住居兼事務所のマンションの電話にも繋がらなくなった。 何かしたんだろうなとは思いつつも、巻き込まれるのはごめんだと気付かないフリをして過ごすことさらに一週間。 俺は今、ああやっぱりとある種の納得をしながら電話を受けている。 『やらかしちゃった。きゃは』 「正直、キツいです。無いです臨也さん」 『正臣くんのいけずー。少しは乗ろうよ』 「うっさい」 それは午前零時を遥かに回った時間、さすがにそろそろ寝ようかとベッドに潜り込んだ時だったのだ。 知らない電話番号からのコール音が鳴ったのは。 深夜に電話をかけてくるような人間なんて限られていて、何か嫌な予感を感じつつも気付いてしまった以上無視も出来なくて取ってしまったのが運のつき。 あの瞬間の俺のバカ!と今ならば思う。全身全霊で思う。 「だいたい、今何時だと思ってるんですか…」 「こっちが21時過ぎたとこだから、そっちは夜中の2時くらい?」 「…俺、今日も学校あるんすよ」 「知ってるよ、でもまだ大丈夫でしょ?それとも君は毎時間居眠りもせず真面目に授業受けてるような子だっけ?」 「…違いますけど」 「じゃあいいじゃない。多少の夜更かしは」 「…あー…そうっすね。(もうどうでもいい)…で、今どこですって?」 『サンクトペテルブルグ』 ずっと思っていた疑問を投げ掛けると、電話口から聞こえてきたのは耳慣れない単語だった。 それはどこだと反射で叫びかけて、いや待て聞いた覚えはあると踏みとどまる。テレビか地理の授業か何でもいいけれど。 ぐるぐると記憶を遡っていたその時、片言の日本語を話す寿司屋の呼び込みの姿が脳裏をよぎった。 「………、ロシア?」 『うん』 「なんでまた」 『美人が多い国って言ったの正臣くんじゃん』 ああ、それは確か言った。言ったけれど。 「あのメール、そういうことだったんですか…」 『うん。軽く調べたんだよねー。だけどやっぱり一概には言えないよねぇ。国によって価値観も違うし。で、某所の調べによると日本人男性の視点だとロシアらしいよ』 「だから、ロシアと」 『そう』 「そんなんで行き先決めるとかバカですか。あ、すいません。海外に逃げなきゃなんなくなった、って時点でバカでしたね」 『ひどいっ。正臣くんの為を思った俺にその仕打ち』 「知りません。第一、日本にいる俺には全く関け」 関係ないじゃないですか。 そう続くはずだった台詞は、発せられる前に臨也に遮られる。 『おいでよ』 「…わんもあ、ぷりーず」 『こっちにおいでって言ったんだよ。俺一人だし、寂しいんだけどなぁ?』 「それは嘘っすよね」 『ホントだって。手配は全部しておくから』 「………」 『正臣くーん』 「………パスポート持ってない」 『作って送っといたよ』 「はぁぁ?」 『大丈夫、偽造じゃなくて正規のルートで手配したやつだから』 全然『大丈夫』じゃ、ないだろうと心の中だけで突っ込んだ。言ったところで流されるに決まっているのだし。 何を勝手にやっているんだこの人は。やっぱりバカじゃないか。まぁ偽造じゃないってとこには安心するべきなのだろうか。 どうも頭の回転が緩い。思いもよらない誘いにちょっとだけ動揺しているらしい。 「…だから俺、学校あるんすけど」 『何言ってんの。来週から夏休みのくせに』 「………」 事実に言葉が詰まった。 ああそうだとも。来週から待ちに待った夏休みだとも。 宿題なんてそっちのけで、脳内のスケジュール帳は遊びまくる予定でびっしりなのだ。 帝人と杏里を連れてどこ行こうか、だなんて楽しみでいっぱいだったのに。 (あーくそ。なんてタイミングで逃亡しやがったんだ) 『ねぇ、正臣くん』 そもそも言うとおりにする必要なんかないのに。 なんでこういう時に限ってストレートなんだろうとか悪態ばかり浮かんでくるのに。 来週、確実に機上の人になっているだろう自分を思い浮かべて悔しくなる。ああ、なんでなんだろう。 『おいで』 「………払いはもちろん全部あんた持ちですからね」 渋々了解したというの体を崩していないのに、電話の向こうで臨也が満足気に笑った気配が分かった。 (…ちくしょう) (こうなったら全部奢らせて、観光満喫してやるよ) 本当は嬉しかっただなんて、認めてなんかやるものか。 恋は故意だと誰かが言った (10/10/30) title by 3gramme. 珍しくもない海外逃亡ネタでした。 美人云々はさらっと調べたのですが、統計取ってる場所によって違ったのでこれではロシアを採用。 ちなみに日本とサンクトペテルブルグの時差は夏時間だとー5時間です。 ※ブラウザバックでお戻り下さい |