なんとなくだけど、陰のある子だなって思ってた。

近付いてくれるな、そんな空気を醸し出していた彼に声を掛けようとしなかったのは、面倒臭そうだと感じたから。

面白いことは好きだけど、わざわざ面倒事に首を突っ込む必要なんて無いし、第一、彼に何かがあるとかそんなの、僕には関係のないことだ。







「・・・えっと、担当って誰だっけ」

「確か・・・あ、そうそう、斎藤君」

「・・・・・・ああ」


あの子か。


入社して一ヶ月が過ぎた。

学生の頃とは勝手が違うし、五月病ってこういうのを言うのか、なんてだるそうに高校時代の友人に愚痴をこぼせば、「お前は年中五月病みたいなもんだったろ!」と笑われた。

確かに学校に行くのが面倒だなと年中思っていた。けれど、無気力だった理由は、張り合える相手がいなかったからだ、と勝手に思っている。

ぼんやりと過ごしていた高校と、なんとなく過ぎてしまった大学の4年間。

友人と遊びに出かけたり、恋人を作ってみたこともあったけど。

ぴったりと嵌るものは一つもなくて、いつもほんの少しだけ焦れったいなと感じていた。



「・・・・・・斎藤君って、君だよね」

「ああ」

ぴんと背筋を伸ばして、パソコンの画面を真っ直ぐに見つめていた彼に声を掛ければ、こちらを見ずに返事が返ってきた。

「これ・・・・・・資料作ったんだけど、君に渡すようにって言われたから」

「・・・・・・ああ」

差し出されたその手にバサリと紙の束を手渡した。

僕を見上げたその瞳からは、全く何も読み取れなくて。

にこりと笑いかけてみても変わらないその表情に、ほんの少しだけ苛立ちを覚え、眉を顰めた。

上辺だけでも笑えばいいのに。





昼休憩、食事を終えればすぐに混雑で押し出されてしまったせいで、あと15分ある休みをどうしようかと考えながら会社に戻ってきた。

「・・・・・・あれ」

ちょうど、あの斎藤君がエレベーターに乗り込む姿を見かけた。

行き先階ボタンを押したらしい彼は、携帯を見つめて何やら深刻な顔をしていた。

その表情を隠すように閉じた扉。

上へと昇る階数表示が止まったのは、R。

屋上なんかあったんだ。でも一体、何の用事があるのだろう。

彼も時間を潰そうとしているだけなのだろうか。

けれど、先程見たあの表情は、おそらくそんな単純なことでもないんだろうと思うしかなかった。

気が付いたら僕は、もう一機のエレベーターに乗り込み、斎藤君が降りたであろうR階のボタンを押していた。




そっと扉を開けば、そこは高校とは比べ物にならないくらいきちんと整備されている。

彼はどこにいるのだろうか、と辺りを見回す必要なんてなくて、正面の手すりに背をあずけながら電話を掛けていた。

その表情はやっぱり硬くて、何があったのかと、ほんの少しだけ心配をしている自分に気が付いて違和感を覚えた。

「・・・また、かけ直します」

目が合えば、そう言ってすぐに通話を終了してしまった。

「ごめん、邪魔したかな」

深くて重い溜息をついたかと思えば、僕に背中を向けた。

「・・・・・・あんたには関係のない話だ」

少しだけ震えた声と、すん、と鳴った鼻の音に、ただ、いい話ではないのだろうなということくらい察しがつく。

なんとなく、その顔を見てはいけない気がして、僕は彼の隣に並んで、同じ景色を眺めることにした。

「斎藤君はさ、仕事楽しい?」

「何故・・・」

「僕、楽しくないんだよね」

「・・・楽しみたいならば、楽しもうと努力をすればいいだろう」

「へえ、君・・・面倒臭いこと言うんだね」

「あんたも大概だ」

「映画と小説だったらどっちが好き?」

「・・・何、」

「僕、何かを考えたり想像したりするの面倒臭くて苦手なんだ。だから映画のほうが好きかな。斎藤君は小説っぽい」

「・・・そう、だな」

ちらりと見えた、その横顔に浮かんでいた目の端の雫が乾けばいいと、僕はとにかく残りの10分休憩を彼と話していようと思った。





「それでさあ、その、土方っていう古典の先生が居るんだけど」

結局、その10分だけでは足りなくて、僕は金曜を理由に彼を飲みに誘った。

断られると思っていたから、二つ返事で了承してくれたのには驚いた。

かけ直すはずの電話は、もう大丈夫なんだろうか。

それとも、忘れたいことなんだろうか。

「俺にはその人の気持ちが十二分に分かるが」

「え?僕の味方してくれないの?酷いなあ・・・」

「否・・・・・・すまない」

「あ・・・・・・」

「どうかしたか・・・?」



・・・今、ほんのちょっとだけど、間違いなく笑った。

なんだ、ちゃんと笑えるんじゃない。



もっと笑わせてやりたいと、わくわくしている自分。

今まで付き合ってきた恋人とか、友人とか、他の誰よりも。

こんなにも今彼のことで頭がいっぱいな自分が、どうかしているんだろうな、と苦笑いがこぼれた。




トイレから戻ってきた斎藤君が、個室の襖を閉めた何でもない動作に、何気なく携帯を向けて、そのシーンを切り取った。

「・・・何だ」

「・・・・・・一君、眉間にシワ寄り過ぎじゃない?ほら」

「・・・」

その写真を見せてやれば、どうしようもない、そんな溜息を付いた。

「カメラ、向けられたら笑わないと」

「苦手だ」

「・・・・・・ふぅん」



―――苦手なのは、カメラか、笑うことなのか。


そんな野暮な質問はしなかった。


きっと、両方だと答えが返ってくるに違いないと思ったからだ。

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