「ステージから見える位置にモニターを設置しています。そこに、カウントダウンのためにデジタル時計を表示してありますので、時計をみながらMC挟んで頂いて、カウントダウン後、ハッピーニューイヤー!でお願いします」
楽屋でスタッフの子の説明を聞きながら、すでに温まり始めている会場をモニター越しに眺めていた。
―――ハッピーニューイヤー、ねぇ・・・。
別に文句をつけるわけではないし、むしろそれのためのライブなんだけど、僕にはそれよりももっと、言わなきゃいけない大事な言葉がある。
『カウントダウンを僕らが?』
『ああ。随分と成長したように思うが』
ちょうど一君と二人でスタジオに入っていた。
土方さんからの電話をもらった一君の表情が、少しずつ変わっていったのを見て、何かいいことがあったのだとわかったけれど。
その表情をさせたのが、僕じゃなかったのが寂しい。
ただ、お互いに音楽が好きで、一緒にやろうよって僕が声をかけたのが始まりだった。
『・・・・・・じゃなくてさ。せっかく一君の誕生日なのに、年が明けたことを最初に祝わなきゃいけないのが嫌なんだけど』
『年越しは一瞬だが、誕生日は一日ある。気にすることはないだろう』
『・・・・・・一君は大人だね』
せめて誕生日くらいは二人きりで居たいなって―――僕はまだ多分、子供なんだ。
ちょうど3曲目を終えれば、表示されたモニターの時刻は、23時58分。
もうすぐ、今年が終わる。
カウントダウンライブ自体は初めてではないけど、実際に自分たちがカウントダウンをするというのは初めてだ。
もちろん、責任重大だということも分かっている。
呼吸を落ち着かせるように、ペットボトルの水を口に含んだ。
照明に照らされたステージは、正直ものすごく熱い。
つう、と流れた汗を、Tシャツで拭った。
あと2分。
「こういう日は大切な人と過ごすべきだよなあ、総司」
演奏は練習すれば上手くなる、けれど、MCは何度重ねてもまだ苦手なままだ。
何を話していいのかわからないし、大して気の利いたことも言えない。
時々こうして、平助くんのフォローに救われる。
「そう・・・だね。僕もそう思う」
―――大切な、人と。
「え、何?俺ら?・・・・・・あはは、サンキュー」
僕らのライブが一番大事だ、そんなことを口々に言ってくれる、それは本当にありがたいことだと感じながら、肩にかけていたギターのチューニングを始めた。
あと、1分。
ちらりと一君にアイコンタクトを送れば、ふわりと笑顔が返ってきた。
君がそこにいるから、僕は真っ直ぐに前を見て居られる。
「・・・じゃあ、僕がカウントダウンをしてから言うから、それに続いてね」
会場のお客さんのキラキラとしたその瞳に、もちろん応えてあげなくてはいけない。
「3、」
実は少しだけ、迷っている。
こんな自分勝手なことをして、彼が喜ぶのだろうか。
「2、」
あとで土方さんに怒られるんだろうな・・・。
「1・・・・・・」
それでも、やらずに後悔するよりだったら、やったほうが、良い―――
「ハッピー・・・バースデー、一君」
「・・・・・・っ、そ、」
僕の右、斜め後ろに居る彼をちらりと見やれば、一瞬静まった会場からも、ハッピーバースデーの嵐。
皆が口々に、誕生日を祝う言葉を彼に向けた。
「さいとーさーん!!おめでとーー!!」
「ハッピーバースデー!!」
飛び交う言葉に、どうリアクションをしていいのかわからないらしい一君は、真っ赤になって、ぺこりと一礼。
目の前のマイクを使わないあたり、相当照れているらしい。
「・・・それから、ついでに、ハッピーニューイヤー!」
おめでとうの言葉で溢れた会場に、僕はまた曲を続けようと、平助くんと左之さんにアイコンタクト。
そして一君に、もう一度おめでとうの言葉を声に出さずに向けてやれば、困った顔で笑ってた。
「じゃあ、新年一発目の曲行こうか。盛り上げていくから、ついてきてね」
思い切り焚かれたスモークと、僕らの後ろから客席に向けられた目潰しの照明。
左之さんのドラムカウントで始まったその曲は、偶然でもなんでもなく、僕と一君が初めて一緒に作った曲。
カウントダウンが終わっても、ライブは朝まで続く。
僕らがステージから降りて帰り支度をしているその間にも、次のバンドの出演で会場は盛り上がりを見せている。
もちろん土方さんには怒られたけれど、メンバーが庇ってくれたし、何よりもお客さんが楽しそうだったこともあって、今回は割とすぐに説教は終わった。
今日はこのあと仕事が入っていないから、勝手にしろと言って土方さんは受付に精算に向かった。
ドラムはスネアだけだし、キーボードはケースにしまうだけ。
すぐに片付けを終えた左之さんと平助くんは、一杯飲んでからもう一回ライブを見に戻ってくる、と外に出た。
僕は、ギターのシールドを手際よく八の字巻きにして、ソファの上においていたエフェクターケースを閉じた。
「・・・・・・そ、総司」
「ん?」
遠慮がちに僕の名前を呼んだ一君が、ほんの少し俯きがちに、流れた前髪の隙間から僕を見上げて、すぐに逸らした。
「その、何故・・・あのような」
「なんでって、好きだから」
「な、」
「誰よりも君が一番大切で、僕が一番に、君におめでとうを言いたかった。・・・嫌だった?」
「否・・・その、・・・嬉し、かった」
恥ずかしそうに俯いた彼を、この腕にぎゅっと抱きしめて。
何度でも、言うよ。
「誕生日、おめでとう」
満ちてゆく夜に小さな声で彼は、ありがとうと呟いた。
END
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