通勤電車ではいつも読書をしているのだが、見慣れない新幹線からの景色を見逃してはもったいないと、窓の外に目を向けていた。

非日常的な場所へ行くことへの、緊張感。

見たことのないものを知り、感じる。

高揚しているのか、と言われればそうとも言える。

隣では総司が「・・・・・・ちょっとだけ」と言って目を閉じた。

だんだんと建物が低くなり、平地が広がり、流れる自然の景色。

「・・・・・・」

目を閉じていたはずの総司の手が、俺の左手に重なった。


「・・・一君」

寝言のようなそれに返事をする代わりにただ、触れた手を、ほんの少しだけ握った。







到着した駅は随分と落ち着いた雰囲気で、印象に残ったのはバスを待つ人の列くらいかもしれぬ。

駅から離れた温泉街へ揺られたバスを降りると、鼻を掠めた硫黄の匂い。

柔らかそうな雪が屋根に積もったまま。

傾きかけた西日が目下に広がる温泉街と白い雪を、橙色に染めていた。


身体を解すように両腕を伸ばした総司が、一つ息を吐き出した。

「ずっとじっとしてるのも疲れるね、一君平気?」

「ああ、大丈夫だ」

「・・・行こう」

のんびりと家を出て、今年最後の日を過ごしている。

なんて贅沢な時間の使い方だろうかと、総司の隣に並んで歩いた。


「明日はこのあたりをゆっくり歩きながら、外湯めぐりしよう。調べてみたら結構たくさんあったんだ」

食堂、土産屋、喫茶店・・・。たくさんの店が並ぶこの通りは、昭和の雰囲気がまだ残っている。

少しサビの混ざった琺瑯製の看板。カウンターの奥で老眼鏡を鼻にかけ読書を嗜む主人の姿。

大きな手動のガラス扉越しに見える店の中には石油ストーブとヤカン。

なだらかな階段を降りながら、時代が少しずつ戻っているのではないかという気さえする。



「えっと、多分そろそろ・・・あ、あれかな」

総司が指を差した先が、今回宿泊する旅館のようだ。

いかにも老舗と言わんばかりの風情のある外観。

黒・・・、よりも深い、漆黒のような瓦屋根に、まだ雪が残っている。

入口の手前には達筆で「御一行様」と書かれた看板がずらりと並ぶ。

時期も時期だが、いかにも人気の旅館ということを思い知らされた。


「・・・随分と立派だな」

「うん、すごく人気の旅館でね。一年前に予約したんだよ?」

「いっ・・・、な、何?」

「ほら、今年の誕生日はドタバタしててどこにも連れて行ってあげられなかったからさ。来年は絶対って思って」

「・・・・・・」

「・・・はじめくーん?」

「・・・その、」

さらりと言われると、どうしていいのかわからぬ。

もうずっと以前から今日のことを計画していて、俺の、ために・・・。

また一年後も一緒に居たいと、思って。


その総司の優しさと、想いにただ。



「・・・あ、ありが、とう、」

「どういたしまして。でもほら、お楽しみはこれからだからね?」







「こちらのお部屋でございます」

すっとのびた背筋と、落ち着いたトーンの声。

食事の時間や風呂の案内など、その他にも総司にからかうような質問をされて笑顔で全て受け答えする彼女には感心した。

「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい」

「どうもありがとう」

そして静かになった部屋には、当たり前だが俺と総司の二人きりになるわけなのだが。

一瞬顔を見合わせれば、先ほど仲居に見せていた作り笑顔とはまた別の、悪戯なそれ。

のまれてしまいそうになる。

傾きかけた冬の陽、まだ時間的には夕方。

求められることに嫌悪感などあるはずもないが、まだ夜は少し先だ。


まずは一息つこうと茶に手を伸ばしたのだが、もちろん総司がそれを許すはずもなく。

「はーじーめーくん!露 天 風 呂!見ようよ!そして入ろうよ!」

後ろから抱きついてきた総司と、冷たい頬が重なった。

「寒かったんだ・・・ねえ、温まろう?」

「・・・っ、」

冷えた耳たぶが柔らかな唇で何度も啄まれる。

「・・・だめ?」

吐息混じりの囁く小さな声に。ゴクリと喉を鳴らした。

もちろん想像はしていた―――否、それは期待だったのだろうか。

俺がこういうことを自分から誘える性格ではないことを知って、きっと総司が言ってくれると。

冷えていたはずの身体が、じわじわと熱を帯び始めていくのがわかる。

「・・・食事の時間もある、見るだけだ」

緊張している。間違いなく。

けれど総司は、いつもの調子だ。

「大丈夫、行こう!」

「何が大丈・・・っ」

軽々と、座っていた俺の腕を引いて立ち上がらせると、また力いっぱい抱きしめてきた。

「楽しみは後に取っておくよ、だって明日は大事な日だから」

その匂いに包まれて、少しだけ鼓動が落ち着いていく。

わざとらしく音を立ててキスをした、それも唇ではなく頬だった。

ぎゅっと手を繋ぎ「おいで」と言いながら俺を先導した、その言葉も、手のひらも、今は俺だけの。




つづきます…(2016.03.23)

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