「一君、おまたせ」

帰り支度を終えて、いつものように部室から出ると、廊下で僕を待っていてくれた一君。

室内よりも少し冷えた空気に僕は体を震わせた。

いつも、彼のほうが僕よりも支度が早い。

そのまま部室で待っていればいいのに、と言っても、“別にどこで待とうと俺の勝手だろう”と、彼は廊下で待っている。

「行こう」

壁にもたれることもしないまま、背筋を伸ばして待っていた一君がついてきた。

「せっかくだから、マフラー一緒に巻いてく?」

「・・・・・・何を馬鹿なことを」

「あれ、恋人同士ならそれくらいしてもよくない?」

「男同士で、」

「沖田先輩っ」

そんな会話をしながら玄関で靴を履き替えていると、突然後ろから知らない女の子の声。

名前を呼ばれたせいで、反射的に振り返ってしまった。

「あの、今からお時間、少しいただけませんか?」

「・・・えっと、」

あー、またか。

頬を染め、目を潤ませたその子が何を言いたいのか。

そして、ちらりと伺った一君の、無表情にも見えるその瞳が言いたいことくらい、僕はわかっているつもりだ。

「僕、今から恋人とデートなんだ、ごめんね?」

「付き合ってる人・・・居るんですね」

「うん」

僕の答えを聞くと、知らない女の子は、ぺこりとして走って行った。

「・・・・・・ねえ一君、廊下は走るなって注意しないの」

「・・・もう、聞こえぬだろう」

「そうだね。・・・・・・行こうか、デート」

「駅まで歩くだけだ」

「もう、素直じゃないなあ。一君と二人で居る時間は、いつだってデートなの」

ほら、と言って彼の手を握ろうとすると、こんな公衆の面前で、と手を叩かれた。


別に女の子が嫌いなわけじゃない。

それでもこうして、僕の隣を歩く一君と恋人関係にある事に、少しも違和感を感じていない。

むしろ、僕らが付き合っていることが皆に知られた方が、告白してくる子も減っていいだろうと提案したのに、どうやら一君はこの関係を秘密にしたいらしい。


「ねえ一君、手が冷たい」

「手袋を貸してやろうか」

「・・・いらない、一君の手が良い。ねえ、いいでしょ?こんなに暗いんだ、誰も気づかないよ」

「・・・・・・」

あ。否定しない。

それならばと僕は、そ、っと彼の小指に、自分の小指を絡ませた。

すると、小さくきゅっと小指に感じた違和感。紛れもなく彼が甘えてくれている証拠だろう。

応えてあげなくてはと、今度は、彼の手に指を絡ませてぎゅっと握った。

「・・・・・・わかってるんだから」

「・・・・・・な、何がだ」

「一君が僕を大好きなこと」

「総司っ・・・!」

「あれ、違うの?僕のこと嫌い?」

「・・・・・・っ」

マフラーを口元まで引っ張り上げ、顔を半分隠したつもりらしいけれど、真っ赤になった頬と耳がまだのぞいている。

「ねえ、一君、大好きだよ」




ふれる





言葉にするのが苦手な彼は、態度でいつも、示してくれる。

暗がりで握り返された右手を、僕も優しく、握り返した。



END

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