「ねぇ一君、教科書貸してー」

3限目の休み時間。

笑顔で一君を見下ろせば、いつも通り呆れ顔でため息を付いていた。

「あんたは、また・・・」

クラス替えの発表の時、同じクラスではないことに本気で落ち込んだ。

けれど、こうしてため息をつきつつも、くすぐったそうな表情をしているのは間違いない。

会いに来るたびにこの一君が見られるのはとても嬉しい。

「ありがと」

手渡された教科書、わざと一君の指に触れてみる。

「・・・・・・」

一瞬、驚いた顔をすぐに逸らされた。

伏せた瞳が何を思っているのかなんて、そんなの聞かなくたってわかってるけど。

「・・・・・・なぁに?」

「・・・授業が始まる。さっさと行け」

「え・・・ああ、そうだ、しかも理科室なんだよね。急がないと」

授業中、早く進めばいいと思う時計の針も、一君と一緒の時は止まればいいといつも思う。

手を振る代わりに、借りた教科書を掲げて教室を出ようと一君に背を向けた。

「あ、一君」

ざわざわとしている教室、少しだけ声を張って君の名前を呼べば、きょとんとした可愛い顔がこちらを向いた。

「いい天気だし、昼休み屋上にしよう?」

一君が僕に返してくれた声は聞こえなかったけれど、肯定してくれたらしく「ああ」と唇が動いたのがわかった。




上履きをパタパタと鳴らし、早く4限目が終わらないかな、と始まってもいないのに僕は、昼休みのことを考えていた。

別に勉強が嫌いなわけじゃない。面倒臭いだけだ。つまらない授業を聞かされるだけの身にもなって欲しい。

それこそ、テスト前に一君が教えてくれる方が何倍もわかりやすいし、楽しい。

頬杖をつきながら、出そうになったあくびを噛み殺し、始まった自分の班の実験をぼんやりと眺めていた。




「あれ・・・一君!」

見慣れた愛しいその背中が、ちょうど階段を上っていたのを見つけて慌てて駆け寄った。

「嬉しい、ちょうど会えた」

「総司、早かったな」

「うん、終わってすぐ出てきた。理科室から購買近くて助かったよ」

普段どちらかの教室で昼休みを過ごしているけれど、今日みたいに天気がいい日は、君と寄り添って日なたぼっこでもしていたいなって。

見上げた踊り場の窓から見える青空に、僕はワクワクしていた。

ふと、ぶらぶらさせていたその手がもったいないなと一君の手をそっと握れば、一瞬こちらに目線を寄越した彼もまた、指先を僕の手に絡めた。

にこりと笑顔を返せば、ふわりと表情を緩める。

繋いだ手をすこし大きく振って歩けば、しょうがないなって顔して笑う。

もっとくっついていたくて、引き寄せた一君の肩に腕を回せば、今度は照れ笑いが返って来た。

僕ら以外を屋上で見かけたことがない。

その事にお互い安心して気が緩んでいるみたいだ。

だからこうして、君の頬に優しくキスを落としても、くすぐったそうに少し距離を取ろうとするだけ。


屋上まではあと少し。


もう一度、もう一度。

もう一度、だけ。

そう思いながら何度も君の頬にキスをして、少しずつ、その唇に近づいていく。

でもまだ、重ねてあげない。

「・・・総司」

「うん?」

とん、と壁際に一君を追い詰めれば、焦れったかったのか、君から僕の唇を強請ってきた。

近づいて来る唇がギリギリ届かない距離を保って、僕は少しだけ後ずさる。

「・・・欲しい?」

返事の代わりに、一君の瞳がじっと僕の唇を見つめていたから。

「あげる」

「・・・・・・ん、」

一瞬、重ねてすぐに離せば、二人顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

「一君、もう一回」

触れるだけのキスを繰り返してから、一つだけ、深い、深いキスをした。



幸せという名の君との時間。




END



『ユウナギ』 高石涼様へ 10万打お祝いで捧げます。


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