あまい、まる。




ある日突然、那月の瞳を綺麗だと思った。
眼鏡のレンズに遮られた向こう側、薄黄がかった緑の眼球をじっと見つめればほどなくして那月は俺の視線に気付き、なぁに、と小さく笑う。
わずかに細められた目に隠れてしまう緑を、ああ勿体ないなんて心の中でぼんやりと考えていれば、変なの、那月はまた笑った。
変だろうか、綺麗なものを綺麗と感じる事におかしな部分なんてないと思うんだけどな。伏せられた睫毛の隙間から覗く緑はやっぱり俺の視線を捕らえて離さない。
これが那月の瞳に対する第一の、興味だった。


「どけチビ、邪魔だ」

那月の中に眠るもう一人の人格、砂月は度々俺の前に姿を現す。
なんとなくの苦手意識が先行してつい避けてしまうばかりだったけれど、ふと見やった顔には当然のように眼鏡が無い。
レンズに遮られることなく二つの緑が俺に向けられている、そう気付いた瞬間、もっと近くで見つめたくなった。
第二の興味に抗えるはずもなくて、椅子に座る砂月に近づけば彼は不機嫌そうに俺を見上げて、なにか用か、とぶっきらぼうに呟いた。

「……ちょっとだけ、動かないでほしいんだけど」
「は?」

椅子の背に手をかける。
身を屈めれば砂月の顔は驚くほどに近づいて、ひゅう、と息を吸い込む音がくすぐったいくらいだった。
わずかに揺らぐ緑は普段見る那月の瞳と同じように綺麗で、けれど隔てるものがない分瑞々しささえ感じられる。
よく見れば瞳孔は黒に近いんだな、なんて思っていると唐突に砂月が顔を背けた。動くなって言ったのに、俺の文句より早く砂月の唇からため息が漏れる。

「……離れろ、チビ」
「なんで」
「なんでって……いいから、離れろ」

砂月はどこか気まずそうな表情を浮かべている。
心なしか頬は赤い、ああこれはもしかしなくとも勘違いされたんだろうか。

「最近変なんだよてめぇは、那月のこと、やたら見てるし」

また言われた、変な事だって。
そんなに俺が思っていることはおかしいのだろうか、だって困ったように伏せられている砂月の瞳は薄い膜に覆われていて、本当に綺麗でしょうがない。
昔、太陽に透かし見た葉も確かこんな風に透き通っていた気がする。
どんな味なんだろう、湧き上がる第三の興味にはなんとなくいけない事だと自覚があって、けれど一度思ってしまえば頭から離れるどころか益々感興が沸いた。
普段は見下ろされてばかりの瞳に見上げられている物珍しさ、というより優越に近い感情も拍車を掛ける。
なぁ、少しだけ。
その言葉をどう捉えたかは知らない、ただ砂月が息を飲んで、それがとてもくすぐったくて、意味もなく喉が鳴った。


「なんで抵抗しねえの」

まるで当たり前のように素肌同士が触れる。
変な事だって、俺も砂月も思っているのにやめようとしない。
那月ならきっと受け入れるから、なんて心から大切に思う存在を言い訳に使う砂月。それこそ変だろ、呟くと組み敷く身体がわずかに身じろいだ。
この状況に嫌悪がない自分こそおかしいと分かっているのに、今更こうなるつもりじゃなかったなんて口にも出せず、困ったように砂月を見下ろす。
無防備に曝け出された胸元は白い。日に焼けにくい肌らしい独特の透明さを目にして、でも瞳の方がはるかに綺麗だと思う。
首筋からそろりと指を這わせれば、もう不可侵ではなくなってしまう白。そんなものに興味なんて湧き上がるはずもない。
無意味なじゃれ合いは続く。
乱れた呼吸の狭間で、もどかしそうに俺の名前を呼ぶ声。目の前に居るのが仮に那月だとしても同じように俺を呼ぶのだろうか、どちらにしても、変な声。
噛み付くように重ねた唇の奥で、ん、とくぐもった声が上がる。まだこっちの方が好きかもしれない、ちょっとだけ苦しそうに呻く本能めいた声。
薄く目を開けば砂月も同じように目蓋の隙間から俺を見ていた。
ひくひくと震える目尻は赤く色づいて、緑を彩る花びらのよう。滲む涙はさしずめ朝露といったところか、薄靄かかる早朝の葉をしとり濡らす雫が神秘的で、好きだった。

「……っは、あ」

好き勝手に口内を蹂躙する舌をするりと引き抜けば、砂月はだらしなく口を開いたまま悔しそうな視線を寄越す。
砂月の唇から零れた唾液を舐めて、頬の不思議なしょっぱさにふと思い出すは三つ目の興味。
滲んだ涙に唇を寄せれば反射的に目蓋が閉じられる。俺はそれを良しとしない、目ぇ開けて、吐き出した言葉に砂月は抵抗を見せず目蓋を上げて、なんだよ、と気の弱そうな声を零す。

「なぁ、少しだけ」

その言葉に砂月はやっぱり息を飲んで、今日初めての抵抗を見せた。

「何を……」
「綺麗なんだよお前の目、だから」
「やめろ、やっ……」

両手で包んだ頬は熱い。
こじ開けるように目頭へと舌を這わせれば、ひっ、と引きつる声が砂月の喉の奥からひり出される。
俺の身体を押し返そうと宛がわれた手が震え、短く切り揃えられた爪が、がり、と腹部の皮膚を掻いた。痛みに眉根を寄せるが、行為をやめる気はない。
唾液を含んだ舌でぬらりと白目を舐める。意外にもつるりとしたそれは小さく上下に動いて、ああ震えてるのかと理解した。
じわりと舌先を刺激する塩分は涙で、味わいたいのはこれじゃないのにと少しだけ残念に思うが、緑を覆う薄い膜はきっと涙と同じだからこそ美しく見えるのだろう。角膜だっけ、本当はこの下を味わってみたいんだけれどな。
ふと昔好きだったビー玉を思い出す。
透き通った小さな球体と、そういえば那月の瞳はよく似ていた。色んな角度から光を当てては輝く緑、興味本位で一度だけ舐めたが味なんて無かったっけ。もしかして那月の瞳もそうなのだろうか、飴玉のようでもあるからうんと甘ければいいのに。うん、その方が那月らしい。きっと膜の向こう側は触れた先から溶けるほどに甘ったるくて、お前の作るお菓子よりは好きだ、なんて意地悪を言ってやるんだ。
ぼろぼろと零れる大粒の涙を何度も何度も吸い取って、ようやく唇が離れたことに砂月は安堵のため息を吐き出す。
腹部には相変わらず爪あとが、痛々しいまでに何本も残されていた。わずかに滲む赤を見て、赤い飴は苺味、なんて馬鹿みたいに考える。

「くそ……っ」

なんでこんなこと、震える緑に驚愕の色を乗せて砂月は俺を眺めた。

「なんでって、綺麗だと思ったからだよ。それに那月ならきっと受け入れるから」

適当に口をついた言い訳に、変だ、おかしい、と砂月は一旦止まったはずの涙をもう一度両の瞳に湛えた。
おかしくなんかないのにな、綺麗だと思って味わいたいと思って、ただそれだけなんだ。
指先で拭った目尻は火傷しそうなくらいに熱い。
ごめん、という呟きを砂月がどう捉えたかはしらない。ほう、と吐き出された吐息があまりにもくすぐったくて、意味もなく喉が鳴って。
見開かれた剥き出しの飴玉をもう一度、舐めた。



END.








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -