ヒメハジメ(翔那)

年末から一週間ほど実家へ帰省していた那月が大量の手土産片手に戻ってきた。

「なに?この品々」

俺の目の前へと並べられたのは地元名産のお菓子から始まり地方限定ピヨちゃんグッズ、知り合いの農家から頂いたという野菜、正月についたという餅、そして何故か米の袋というおかしなラインナップだ。
これが全部ひとつの旅行鞄から出てきたというのが非常に信じがたい、色んな意味で。

「えへへ、本当は日向先生の限定Tシャツもあったんですけど入らなかったので後日宅配で届きます」
「普通はそっち手持ちだろどんだけギチギチに荷造りしたんだよ!あとお前の腕力どうなってんの!」

大量の食料を冷蔵庫やら戸棚やらへと収納する、これらが那月の手によって悲惨な結末を迎えるのだけは何とか避けたいのでなるべく分かりにくい配置でしまった。
じゃないと折角頂いたのに申し訳なくて農家の人に顔向けできなくなる、会う機会は多分ないけれど。

「……ってか、もういい時間だな。夕飯は適当な野菜料理でいいか?」
「作ってくれるの?僕もお手伝いします」
「いーから!お前長旅で疲れてるだろ、休んでろよ頼むから」
「はーい」

台所へやって来ようとする那月を静止すれば、彼の興味はあっという間にピヨちゃん達へと移ってゆく。
単純というかなんというか、助かるけれども彼の今後には一抹の不安を抱かざるを得ない。
さて、と意識を夕飯の支度へと向ける。折角持ってきてくれたお米をまずは頂こうか、と袋にハサミを入れたところで那月がとてとてこちらにやってきた。

「ねえ翔ちゃん」
「なんだー?」

床にしゃがんで米を計量する俺の耳元に、那月の唇がそっと近づく。

「ひめはじめ、しませんか」
「……へっ!?」

途端、折角計ったお米を袋の中へぶちまけてしまう。
那月はまるで何でもなかったようなすまし顔して、僕が炊いてあげますね、と計量カップを俺の手から奪い取った。
いやちょっと待って、お前今なんて。ついまじまじと頭のてっぺんからつま先まで眺め、そういえば那月と相対するのは一週間振りなんだという事実を思い出す。
普段とは違う香り、実家で使ったシャンプーだろうか。柔らかなその香りが鼻先をくすぐるのさえ今の俺には悪い刺激だった。
ひめはじめ、間違いなく言った。普段はそんな、夜を匂わせるような言動なんてちっともしないくせに。なのに那月が、ひめはじめ、って。
赤くなる顔を押さえわたわたする俺とは対照的に、那月はてきぱきと炊飯器をセットする。

「翔ちゃん、お水これくらいでいいかなぁ」
「え、あぁ……多すぎねぇ?」
「そうかな、これくらいじゃないと姫飯にはならないと思うんだけど」
「ひめめし?」

聞きなれない単語、尋ねるように反芻すると彼は、あれ翔ちゃん知りませんでした?と小首を傾げる。

「本当は二日に食べるものなんだけどね、柔らかく炊いたお米を食べる風習があるんです。で、そのご飯が姫飯」
「……もしかして、ひめはじめってそれ?」
「はい」

にっこりとした微笑み、呆気に取られると同時にどこか安堵を覚える。そうだよ那月がやらしい単語なんて、知っている訳がない。
ははは、とわざとらしく笑って夕飯の支度を再開した。




「今日のご飯は一段と美味しかったね、翔ちゃんっ」

何事もなかったかのように夕飯は終わり、ごろごろしている間に気付けば夜も遅くなっていた。
俺より先に風呂へ入ったくせにまだ濡れたままの髪を指先でくるくる弄んで、那月は心底楽しそうに笑う。

「だな、お菓子も美味かった」
「明日の朝はお餅にしようか、太っちゃいますねー」
「トキヤに言ったら青ざめそうだよなぁ」

濡れた髪をわしわしと豪快にバスタオルで拭けば、ようやっと那月はドライヤーを手に取る。先ほどまでぺたりと寝ていた毛先は熱風を受け徐々にふわりと散らばっていった。
柔らかそうな蜂蜜色に手を伸ばすと、なあに、とこちらを見やる澄み渡った深緑に捕らえられてしまう。
いつだったか那月に、俺の瞳は空のようで世界中を見渡せるその色が羨ましい、と言われたことを思い出す。
自分としてはどこか冷たさを孕む青よりも穏やかな緑の方が、綺麗で良いなぁと思うんだけど。伸ばした指先で目尻をくすぐれば、木々のように深緑の瞳が揺らいだ。

「どうしたの、くすぐったいよ」
「……なんか久々だなと思って」
「そうですねぇ、一週間ぶりだもんね。翔ちゃんはお正月の間なにしてたんですか?」
「んー……お前が居ないと夜もゆっくり眠れるなって思ってた」

ドライヤーを奪えば那月は、ひどいです、と恨めしそうな声音で呟いた。どちらに対する言葉だろうか、どちらにも向けられた言葉だろうか。
何食わぬ顔で自分の髪を乾かしながら時々、那月の方へも風を向けては彼の髪をくしゃくしゃにする。
そんな悪戯を咎めもせずにこにこと微笑む様に、やはり俺は安堵を覚えていた。

「あ、そういえば」

髪を乾かし服も着替え、さて眠るかという時になって那月が思い出したように声を上げる。
どうした、と既にベッドへ横たわっている彼を見やれば、布団からちょこんと顔を出して那月がじっとこちらを見つめていた。

「翔ちゃん、あの時どんな事考えてたんですか」
「あの時……?」
「ご飯の支度をしてた時、です」

分厚いレンズの奥に眠る瞳が、悪戯に細められる。
その時のことを思い出そうと、ゆっくり記憶を辿り……那月の視線の意味に、気付いた。
ちょっと待てまさか、お前。

「分かってて言いやがったな……」
「なにがですか?」
「にやにやしてんじゃねーよ!」

声を押し殺して小刻みに震える那月、白を切るつもりだろうがそうはいかない。
俺がいやらしい事を連想するって分かっててあんな事言いやがって、そもそも普段は純粋無垢な面して結局人並みにそういう事、知ってやがったのか。
お前を信じた俺の純情返せよ、すっかり翻弄されてしまった自分が情けないやら恥ずかしいやら。
つかつかと那月のベッドへ歩み寄って強引に布団を剥ぎ取れば、案の定でかい体を丸めてくすくす笑っていた。

「なに笑ってんだお前、こうしてやる!」
「や、ちょ、くすぐったい!ダメですってば」

ベッドに方膝をつき那月の脇腹をくすぐれば、服の上からだというのにびくんと大きな反応が返ってくる。
面白くなってつい服の中へと手を差し込むと、触り心地の好い暖かな素肌がひくひく震えていた。
レンズの向こう、木々の緑がざわざわと揺らぐ。
彼から漂うのはすっかり嗅ぎ慣れてしまったシャンプーの香りで、一週間離れていただけだというのに懐かしさを覚えた。
優しい香り、俺の好きな香り。
シーツに散らばるふわふわの髪をひと房掬ってみれば、その香りはいっそう深みを増す。

「なぁ那月、ひめはじめしよっか」



一週間振りに抱きしめる体はとてもあたたかだった。
白い肌をまじまじ見てやろうとしたが、それに気付いた那月の手によってルームライトを消されてしまい叶わなかった。

「なんで消すんだよ」
「……恥ずかしいじゃないですか」

口を尖らせ恥らうような声音の呟きに、今更気にすることじゃないのにとぼんやり考えながら指先で肌をくすぐってゆく。
決して柔らかい訳じゃない、けれども那月の肌は自分の指によく馴染む。触れた先から満たされてゆくような気がしてその手を止める事など出来なかった。
下腹をくすぐれば以前よりもふにふにとした弾力が返ってきて、思わず小さく笑ってしまう。

「那月、もしかしなくても太っただろ」
「……分かりますか?」
「うん、なんか触った感じ違うから」

でもこれはこれで、としつこく腹部をつつく、恨めしそうな複雑そうな視線は無視し続けた。
お返しとばかりに那月が俺の太ももを撫でれば、突然の言葉に思わず間の抜けた声が飛び出てしまった。

「ふぁっ」
「へへ、翔ちゃんかわいい」
「……お前なぁ」

そのまま那月の指が、下着をずり下げるように肌をまさぐってゆく。ごく当たり前のような手つきで、彼の表情にはうっすらとした欲の色さえ浮かんでいた。
それは俺だって同じで、腹部を撫ぜる指先は自然と下へ下へ移ってゆく。
気づいた時にはお互い何一つ纏っていない姿、背にしたシーツの感触さえ少しくすぐったい。
那月の手が肩を掴んで、滑るように肌を触れ合わせながら俺を押し倒す姿はえらく扇情的だった。

「翔ちゃんあったかい、なんだか懐かしい感じですねぇ」
「たった一週間なのにな」

その一週間の空白が彼を大胆にさせる。
俺の腹部に顔を埋めて愛撫する那月はいつにも増して大人で、淫らで、可愛かった。
今までならば絶対にこんなことしてくれる筈なかったのに、揺れ動くふわふわの髪に手を這わせれば那月は俺のものを口いっぱいに頬張ったまま、今日は特別です、なんて笑う。
軽く支える指と連動するように舌が絡み付いて、徐々に己の熱が高まってゆくのを感じた。
あーもうやばい、つい漏れ出た呟きに那月はまた、かわいい、と笑う。

「翔ちゃんもう我慢できない?」
「当たり前だろ……一週間なんもしてねぇもん」
「僕もです」

だから僕も気持ちよくなりたいなぁ、なんて呟いた直後その唇は俺の指を捕らえ、ぱくりと舐めた。
先ほどまで続けられていた行為の延長にある舌使いに戸惑っていると、彼の肢体は俺の上へと乗り上げる。
唾液まみれの熱が那月の熱とぴたり触れ合って、唇とはまた違った感触に込み上げるものを感じた。
と同時に、舐め尽されたべとべとの指が那月の大事な部分へと導かれてゆく。ひくりと震える入り口、何もしてない割にその肉は柔らかい。
ぬめりも手伝ってかいとも容易く飲み込まれていく指につい意識を奪われた。

「言ったでしょう、今日は特別なんです」

あっという間に二本、三本と飲み込んでゆく那月、そういえば今日のシャワーはやけに長かったということを思い出してああ成る程と自己完結した。
受け入れる準備を自ら進んでやるなんて、そもそもひめはじめなんて言い出したあの時既にこいつはその気になっていた訳で、というかさっきからずっと擦れている部分が早くも限界なので。

「……悪い、もうダメ」
「え?翔ちゃ……」

指を抜き、腰を掴んで引き寄せる。
散々慣らしたそこへと先端を宛がえば先ほどまでとは一変して那月の頬は恥じらいの色に染まった。
今更何を、と思うが普段の行為中はこんな表情ばかりだった。特別だからとやけに大胆だったせいでつい忘れてたけど。

「んッ……」

張り詰めた声音、根元を支えてゆっくりと那月の体が下りてくる。先端が飲み込まれ、それだけでもう達してしまいそうだった。
徐々に繋がってゆく粘膜はひどく熱い、程よい締め付けと溶けるような熱でようやっと那月に触れたと思った。
離れていた一週間、足りなくなっていた何かがじわりと満たされてゆく。根元まで飲み込んで、那月の眉間に刻まれた皺が消える。

「っはぁ……」
「へへ、入っちゃいましたねぇ」

嬉しそうに呟いて、彼の腰がゆっくりと上下する。
少しずつ早くなる動き、自らの意思で腰を振る姿、流石にこれ以上は我慢が利かない。
一際きつく締め付けられたと同時にあっけなく果ててしまうと、それを感じ取ったか那月の体が僅かに硬直した。

「あっ……」
「ごめん……出た」

早々に達してしまった恥ずかしさからつい片手で顔を覆う。
そりゃ健全な男子が一週間振りにこういう事をしたんだ、我慢なんて出来る筈ない。
ちらりと見上げれば那月はふっと笑って、再びゆるゆると腰を動かし始める。
途端に元気を取り戻す熱、若さもあるだろうが正直なものである。やわらかな内壁に擦られるたびその硬度は増していった。
再び激しくなる腰使い、那月の口からはひっきりなしに声が漏れる。翔ちゃん、翔ちゃん、と何度も呼ぶ声は普段の声音とは違う色を纏っているのに、すっかり聞きなれてしまった響きだった。

「だめもう、出ちゃう……」

分厚いレンズの向こうに涙を滲ませて訴える那月、暗闇でも分かるほどにきらきら瞬く緑は魅力的に見える。
腰を掴んでぐっと起き上がれば自然と那月の体は後ろへと傾く。繋がった熱はそのままに、今度は彼がシーツに沈む番だった。
両の太腿を抱え込んで、真っ直ぐに瞳を見合わせながら腰を打ち付ける。
先ほどよりも僅かに締め付けられたそこは時折びくりと震え、那月も限界が近いのだろうかとなぜか嬉しくなる。

「でもだめ、俺まだ元気だから」
「へっ……?」

那月の性器をきゅっと握り、根元を締め付けた。
絶頂を迎えようとしていたであろう彼の表情は困ったように歪められ、ほどなくその意図に気づいたように恨めしげな瞳をこちらへ向ける。

「翔ちゃんの意地悪……!」

押し返すように俺の手へと添えられた指先は、けれども力なんて込められていない。
角度を変えて腰を打ち付ければやがてその手は離れ、かき集めるようにシーツを握る。
許された自由、そうして若さ余る俺は一週間振りの体を好きなように堪能するのだった。




久々の行為に二度は少々きつかったのか、シャワーから戻った俺は力なくベッドへと倒れこんだ。
俺より先に出ていた那月はやっぱり髪の毛を濡らしたままで、先ほどからずっと体重計を睨んでいる。

「なにしてんの」
「……おかしいんです、あれだけ運動したのにちっとも減ってない」
「腹に付いたっつっても十分痩せてるし、気にすんなよ」
「でも明日はまたお餅ですよ?」

いちいち体重を気にするなんてまるで誰かさんみたいだ。
ようやっと体重計から降りた那月はベッドサイドにしゃがんで、そっと俺の耳元に唇を寄せる。

「ねぇねぇ翔ちゃん」
「なんだー」
「明日も、しましょっか」
「……えらく大胆だなお前」

純情無垢だと勝手に思っていたこいつの、リアルな部分を見てしまった気がする。
とりあえず乾かせよ、と濡れた髪に指を絡めれば那月はにっこり微笑んだ。
ふと重なる。那月の深い緑の瞳はまるで龍の鱗のようだ。草食動物みたいだったのに年が明けたら肉食になってました、って干支みたいだなお前。
一人おかしくなって笑うと那月もつられて声を上げるのだった。
今年はまだまだ長い、ずっとこの調子じゃ俺の体が持たないかもしれないけれど精々お手柔らかに、よろしく頼むよ。



END.







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -