初めての風習(カミュ&セシル)

その日、セシルの部屋には先輩であるカミュの姿があった。

「あの……カミュ?」
「なんだ、貴様まさか箸の持ち方すら知らないとでも言うのか」
「いえ、そうではなく……」

向かい合って座る二人、テーブルの上には御重に詰められた色とりどりの料理が並ぶ。
それが何であるかをセシルもかろうじて知ってはいるが、実際口にしたことはなかった。
どう手をつければ良いものかと思案するセシルとは対照的に、カミュは取り皿へと好きなものを取ってはあれこれ言いつつ食べ始めてしまっている。

「おい愛島、折角のおせちに手をつけないつもりか」
「どれから食べればいいか、分かりません……」
「どれもこれも、全部だ全部。貴様が食べたことなどないと言うからわざわざ用意してやったんだ」
「はぁ……」


事の発端は数日前、二人が事務所で年末年始のスケジュールを確認していた時にセシルの発した「お正月とは何をするものなのですか」という問いかけだった。

『貴様、そんな事も知らんのか』
『ワタシ、日本に来てまだ日が浅いです』
『フン、アイドルとして活動していく以上そういうイベントごとは真っ先に頭へ入れておくべきだがな』
『うぅ……』

嫌味ったらしいカミュの言葉にセシルはしょんぼりと眉尻を下げる。
セシルもそれなりに日本の文化や風習を勉強しているつもりではあるが、どうしても日々の生活や音楽に関する事柄ばかりを優先的に覚え、結果として他はないがしろになってしまう事も少なくはない。
そんなセシルよりも早く日本に慣れ親しんでいる分、カミュの方が知識は上であった。

『ところで貴様、元旦は暇なのか』
『ハイ、お正月休みだとかでレッスンもないです』
『そうか、ならば家でおとなしく待っていろ』
『……?』


かくして元旦の早朝からセシルの部屋へ訪れたカミュの手には、大きな風呂敷包みが抱えられていた。
あの会話の後、セシルは日本における正月の風習を学んだこともあり風呂敷包みの中身にもそれなりにピンときたようだが、いざ料理を見ると今まで口にした事は勿論見たことすらないものばかりが並んでいた。
そうして何から手をつけようか、いざ箸を持ったところで悩み込んでしまう。

「……愛島、取り皿を寄越せ」
「あ、ハイ」

見かねたカミュがセシルの代わりに料理を取り分ける。
まずはこれを食べろ、と出された数の子にセシルは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。

「……い、ただきます」

恐る恐るといった様子で掴み、口へと運ぶ。
小さく一口かじってもぐもぐと咀嚼すれば、セシルの目は驚いたように見開かれた。

「……!カミュ、これ美味しいです!コリコリしてて、しょっぱいのにどこかほっとします!」
「フン、この俺が作ってやったのだから美味しくない訳がなかろう」
「……これ全部、カミュが?」
「そうだが」

何段もある御重に詰められた料理はセシルの目から見ても手の込んでいることがとてもよく分かる。
前日の夜から日を跨いで、確かカミュには仕事があった筈だ。疲れているだろうに自分のためにと作ってくれたのだと理解し、セシルの口元は自然と綻んでいった。

「コーヒー以外ではカミュ、まともな味覚で安心しました」
「何か言ったか貴様」
「イエ何でも……ありがとう、カミュ」
「フン……とっとと食べて出かけるぞ」
「どこか予定があるのですか?」

栗きんとんに舌鼓をうちながらセシルが小首を傾げると、カミュは再びフンと鼻を鳴らした。

「本来なら愚民共のうじゃうじゃ居る所など好ましくはないが」
「人ごみですか?……あ!」

付け焼刃で学んだ正月の風習に思い当たる節があったのか、セシルはにこにこと笑顔を浮かべる。
この近くの神社と言えば中々に大きなものがあったはず。
確かに人の多さは覚悟しなければならないが、何もかも初めて尽くしのセシルにとってはそれすらも楽しみの一つであった。

「カミュ、ワタシ甘酒飲んでみたい!」
「なら早く食べろ」
「勿体無くて食べられません」
「……じゃあ残りはまた帰ってきてからにするか」
「夜もカミュと一緒、楽しみです」

まるで子供のように肩を揺らすセシルに、普段はきつく寄せられているカミュの眉根もほんの少しだけ綻ぶのだった。



END.







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