来年は一緒に(翔&那月)

別に、一緒じゃなきゃ嫌だとか子供みたいな思いはないけれど。

『年越しは実家で過ごしますね、翔ちゃんもよいお年を』

てっきり寮で過ごすのだと思い込んでいた那月が、当たり前のように実家へと戻っていった。
クリスマスの少し後に出てしまって、帰ってくるのは三が日の終わりになる。
学園に入ってから毎日のように、夏の時期さえも一緒にいたものだからこんなに長く離れるなんて不思議な感じがした。

「どうしたの翔ちゃん、眠い?」

声のする方を見やれば自分と瓜二つの姿かたちをした弟が心配そうに顔を覗き込んでいた。
いや、考え事してただけ。素っ気無く返せば薫も同じように素っ気無く、ふーんそっか、なんて呟く。
事前の知らせもなく実家へ戻ったのに兄弟見事に揃ってしまったのは何の因果か。休み期間でも学校が忙しいんじゃねえのと思うが、学生である前にまだお互い子供である事を思い出しこうして家族で年末年始を過ごすのが当たり前だよなぁとしみじみ考える。
だから那月が実家に戻ったのも当たり前のことで、そもそも年上のくせに弟みたい……いや、弟以上に手の掛かるあいつの世話から解放されたことを喜ぶべきだと思うのだが。

「なんっか調子狂うんだよなー」
「なにが?」

正月も二日目、特にやる事もなくごろごろとこたつで過ごすなんて寮生活からは考えられない。
朝に誰かを叩き起こす事もないし、手伝う間もなく食事が用意される(しかも美味い)し、夜だってベッドを一人で広々使って眠れる。
ごく当たり前の筈なのにこの半年ほどで自分が大きく変わってしまったような気がした。

「一日中テレビ観てミカン食っていられるって幸せだよな」
「どうしたの翔ちゃん、おじいちゃんみたいだよ」

くすくすと薫は笑う、確かに那月との生活を始めてから少し老け込んだような気がする。
まさか実の弟よりも遥かに手の掛かる存在が居るなんて、と那月のハチャメチャぶりに疲弊していた頃が懐かしい。
もっとも薫はごく平均的なよくできた弟なので手が掛かるなんてことは滅多にない訳だが。
肩を並べて隣へ座る弟は先ほどから黙々と課題をこなしている。目標が目標だけに熱心だな、とその頼もしい姿には少なからず感心した。

「薫、お前もミカン食う?」
「んー、手が汚れちゃうから後で食べようかな」
「いや俺が剥いてやるから」

薫は教科書へと向けていた視線をこちらに寄越して、僕もう子供じゃないんだから自分で出来るよ、とおかしそうに笑った。
あれ、そうか。普通は自分でミカンくらい剥くもんだよな。
食べ物自体を触らせてなるものか、と那月の分までミカンを剥いてやるのがごく当たり前となっていた自分にとって、それはどこか物足りない事だった。
皮を剥いて、大きなすじを取って、一口大に分けたミカンを口元へ持っていけば嬉しそうに大口開ける那月が、俺にとっては当たり前なのだ。
多分、心のどこかで世話を焼くことに喜びを見出しているのかもしれない。

「そういえば翔ちゃんは明日帰るんだっけ」
「ああ、昼過ぎたら戻る予定」

さらさらとペンを走らせながら薫は、そっかあ、と寂しそうに笑う。
久々に家族で顔を合わせたのに、神社にお参りへ行くくらいで他にはどこへも行かなかったな。
正月なんてそんなものかもしれないけれど、来年もまたこうして家族そろうとは限らないわけだし、少しくらい出掛けたかったという気持ちもある。
まあ、どうせどこへ行っても混雑していただろうけれど。地元の小さな神社ですら人で溢れ返っていたのだ、この時期に遠出なんて想像しただけでもくたびれてしまう。
(そういや那月は、どこか行ったのかな)
向こうは雪だらけなのだろうか、家の周りは自然で溢れているのかそれとも此処と大差ない住宅街なのだろうか。
神社行っておみくじ引いて、馬鹿丁寧に隅々まで読んでその内容に一喜一憂して。那月の反応なんて見なくても容易に想像できる。
あいつ酒とか弱そうだし、甘酒一口飲んだだけでもうその雰囲気で酔うんだろうな。おしることか子供みたいにはしゃいで食べるだろうな。
気づけば頭の中へ浮かぶのは那月のことばかり。おかしいな、傍に居る時はあいつの事なんて微塵も考えやしないのに。
いや、ただ単に考える暇もないくらい一緒に居るってだけなのかもしれないけれど。
ぐるぐると思考を巡らせながらミカンを頬張る、少しすっぱい。
外ではゆったり走るバイクの音が聞こえる。恐らく郵便配達だろうか、時々止まっては走って、また止まっての繰り返し。
やがて自分の家の前でバイクが止まり、カタン、と何かを郵便受けへと入れる音がした。

「俺ちょっと郵便受け見てくる」
「……?届いたの?」
「うん」
「翔ちゃん耳いいね」
「そうか?」

普段から音に対して過敏だからだろうか。言われてみれば確かに日常的に耳を澄ます事が多い気がした。
外へ出れば案の定玄関先にある郵便受けにははがきが入れられていた。
元旦に間に合わなかったのだろう年賀状が輪ゴムで一まとめにされている、親宛のものや薫宛のものに混じってちらほら自分に宛てられたものもあった。
小・中学時代の友人からの年賀はどれも汚い字と下手くそなイラストで、味がある……と評してよいものかどうか。
その中で一枚だけ、やけに丁寧な文字が目を引く。

「ん……?」

宛名だけ、差出人の名前はない。裏返すと雪に染まる古びた神社の写真が印刷されていた。
わずかな余白には謹賀新年の文字とメッセージ。やっぱり名前はどこにもない。
“夜には出店で賑わって楽しいよ、来年は翔ちゃんと一緒にお参りしたいです。”
たったそれだけで誰から出されたものか分かってしまうのだから、不思議なもので。

「……明日には会うってのに、なに送ってきてるんだよ」

うちの地元よりも大きな神社、那月はここで新年を迎えたのだろう。
こんな事なら今年はもっと家族で団欒しておくべきだったかな、だって。

「あれ、年賀状きてたんだ」

玄関に突っ立ったままの俺の元へと薫がやってくる。
はいこれ、と彼宛の分のはがきを渡せばその一枚一枚を見ながら嬉しそうにあれこれ呟いていた。

「そういえば翔ちゃん、立ったまま何してたの?」
「んー……来年の初詣のこと考えてた」
「なにそれ、気が早すぎだよ」

けたけたと薫が笑う、来年は友達と過ごすなんて言ったらきっと、薄情だと怒られるだろうか。
それでもやっぱり那月が傍に居ないと、物足りなくて仕方ないのだ。



END.







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