また今年も(音也&トキヤ)

今年もまた一年が終わる。
年を追うごとに日の巡りとは短く感じるものだが、今年は今までに比べ充実した一年だった気がする。
なんたってこの学園に入学してからの毎日は……

「音也、憂うのは後にしてくれませんか」
「あ、ごめん」

のんびりと今年を思い返しているところをルームメイトの一声で現実へと引き戻された。
目の前には湯のたっぷり入った片手鍋が、火にかけられくつくつと沸騰を始めている。隣ではルームメイトであるトキヤが別の鍋で出汁を作っていた。

「そろそろ麺を入れてください、くっつかないように混ぜながらお願いしますよ」
「分かってるってば、任せて」

トレーに盛られた生のそば麺をほぐしながら湯の中へと入れる。菜箸でくるくるとかき混ぜれば麺についていた粉のせいだろうか、たちまち湯が白に変わって行った。
隣の小鍋からは昆布の良い香りが漂う。やけに所帯じみたエプロンを身に着けるトキヤの姿はいつか想像した母親のイメージとよく似ていた。
じっと見ていれば視線に気づいたトキヤがどこか恥ずかしそうな表情を浮かべて、なんですか、と呟く。

「なんでもない、天ぷらはレンジでいい?」
「……そうですね、ラップは萎びてしまうのでかけずに」
「だから分かってるって、トキヤ前も言ってたよね」
「そうでしたか」

やっぱり母親みたいだな、可笑しくなってついくすくすと笑いながら天ぷらのパックを手に取る。
お互い年末年始は寮で過ごすから、どうせなら年越しそばでも食べようかと言い出したのは意外にもトキヤの方だった。
食事に関しては人一倍気を使うのに、油物をたくさん買ったりして。年始はお餅でも焼きましょうか、と笑うトキヤは半年以上見てきた中で一番楽しそうな笑顔だった。
HAYATOとしてテレビへ出る事がなくなって、それでも生活サイクルは変わらず自分に厳しいままだった彼がまさか自分から誘うとは思っていなくて。
嬉しいのかな、誰かとのんびりお正月を過ごすってことが。
子供の頃からタレントを続けてきたトキヤには今までまったりとした年末年始なんてなかったのかもしれない、なんて勝手な憶測だけれど。すっかり茹で上がった麺を湯切りしながらそんな事を考える。
嬉しいよな、きっと。それは何より自分が思うものだった。
別に今までの暮らしに寂しさを感じていた訳じゃないけれど、友人と二人でまったりとした年越しなんて初めてなんだ。

「あとは私が用意しておくから、音也はテーブルの上を片付けてくれませんか」
「あ、うん、テレビ適当に点けとくね」

そばの準備を任せてエプロンを外す。読みかけだった雑誌を閉じてテーブルをさっとひと拭きする、テレビのチャンネルを回せばたまたま映った画面からは楽しそうな音楽が溢れ出した。
若手のアイドルが煌びやかな衣装を身にまとって軽快なダンスをしながら歌う姿を見てつい、いいな、なんて口にしてしまう。
自分が目指す道が今まさに目の前にあって、それを叶えているのは自分と同じくらいの年齢の人たちで。
羨ましさと、少しの悔しさ。いつか自分もあんな風にステージへ立ちたいな、食い入るように画面を見つめたまま立ち尽くしていると背後から声がかかった。

「音也、出来ましたよ」
「え……あ、運ぶね」

ついしどろもどろで返す。トキヤの視線もテレビへと向けられたがさして気にもならないのか、二人分の器をテーブルへと置いた。
間に天ぷらの載せられた皿を置く、向かい合って座ればいよいよ年の瀬なのだなと実感が湧いてきた。
いただきます、同時に両手を合わせる。湯気の立ち上る汁をすすれば、薄口の出汁が体中に染み込んでゆくようだった。

「あったかーい……」
「どうせ夜更かしするでしょうから、冷えないように生姜を入れておきました」
「さっすがトキヤ、天ぷらも食べよっと」

つゆに浸した掻き揚げをほぐしていると、点けたままのテレビからは一際明るい声が聞こえてきた。
年越しまであと数分、おちゃらけたタレントが即興で歌い場を盛り上げている。
その姿をトキヤはどこか寂しそうな目でじっと見つめていた、ああそうか彼はどこかHAYATOを連想させる。
やがてカメラには別のタレントが映し出され、トキヤもようやく手元へと視線を戻してそばをすすった。
二人無言で食べ進める、やがてテレビでは年越しまで60秒を切りました、とカウントダウンが表示された。

「今年ももう終わっちゃうね」
「……そうですね」

あと50秒、最後のそばをずるりと吸い込む。細かな鶏肉も共に汁を飲み干しほうっと息をついた。
あと30秒、トキヤも食べ終えたらしくテーブルに器を置き、ごちそうさま、と手を合わせた。
再びテレビへと向けられる視線、その目はやはり寂しそうに見える。折角の年越しなのに、なんて顔するんだよ。

「……トキヤ」

あと10秒、テーブルに手をついて身を乗り出す。

「なに、」

長く伸ばされたトキヤの前髪をそっとかき上げる。
進むカウントダウン、5,4,3……煌びやかな衣装のアイドル達が両手を挙げる。
ちゅ、額へ唇を押し付けたのは、パァンと一際高らかに音が響くと同時だった。

「なっ……」
「へへ、カウントダウン成功」

呆気にとられたようにぽかんと口を開けるトキヤへにんまりと笑顔を向けて、ごちそうさま、と両手を合わせた。
途端に彼は頬を赤らめる。困ったように眉を垂れ下げて、けれども怒らないということは案外満更でもないのかもしれない。
テレビでは舞い散る紙吹雪の中でタレント達が口々に言葉を紡いでいる。謹賀新年、あけましておめでとう、そして。

「トキヤ、今年も一年よろしくお願いします」

春には別々の道へと進むことになるかもしれない、それでも一年ずっと一緒に居たい。
たとえ共同生活じゃなくなっても、あの煌びやかなステージに立つのがトキヤだけだとしても。
ライバルで、あり続けたい。
真っ直ぐに見据えて放った言葉に、トキヤは同じく真っ直ぐな視線を返した。

「こちらこそ、一年たっぷり宜しくお願いしますね」

まだ少し頬を火照らせながら、柔らかな笑顔を向けられる。
出会った頃にはおよそ想像も出来なかったそんな表情を向けられて、つい嬉しさが溢れ出す。つられるように己の頬も緩んでいった。
始まったばかりの一年間、共に居られる保障なんてどこにもない。それでも、願わくば君と。
また二人で過ごす年越しが、今から楽しみで仕方ないよ。


END.







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