私にとってジャックは | ナノ


私にとってジャックは

 任務も授業もない、穏やかなある休日。特にすることもなかった私は、暇を持て余してテーブルの上に置きっぱなしになっていた新聞を読んでいた。きっと、クイーンの忘れものだ。
 テーブルの席についているのは、私とレムと、それからエース、その隣にはデュース。私と同じように、これといって用事がなかったのだろう。他のみんなはそれぞれ出かけてしまったのか、すぐ近くのソファは空っぽで、リビングには私たち以外誰もいない。時間もちょうど頃合いで、デュースが入れてくれた紅茶と、レムが買ってきてくれた焼き菓子で、おやつの時間になる。
「そういえば、レムさんとマキナさんが0組に配属になって、結構経ちましたよね?」
 自分で作ったフルートの曲を譜面に起こしていたんだろう、デュースがとんとんと紙の束をテーブルに落として揃えながら、そう言った。私も読んでいた新聞をたたんで脇に寄せ、レムから湯気の立つカップを受け取る。
「どうだ。何か不自由してるとか、困ったこととかはないのか」
 任務や座学のことは、特に心配してはいなかった。レムもマキナも、元のクラスでは相当優秀な候補生だったらしいから。私の心配はむしろ、それ以外のなんでもない生活面でのことだ。
 突然現れて、幻の0組の位置に収まった私たちを、妬み嫉みの目で見る輩は多い。といっても、私たちは少しも気にしていなかった。マザーに言われたことに従って、ここにいるだけのこと。でも、レムとマキナは違う。私たちならともかく、レムやマキナがいわれのない中傷を受けているのだとしたら、何か手を打たなければならない、と私は思っていた。
「ううん、ぜんぜん。みんな親切にしてくれるし、こうして仲良くもしてもらってるから。前のクラスでもそれなりに楽しかったけど、0組に入ってからはさらに充実した毎日を送れてる、って感じだよ」
 私の心配に反して、レムは笑ってそう答える。何の裏もない、心からの笑顔だと私は思った。
「みんな親切にしてくれる、か。って言っても、みんな、じゃないんじゃないか?」
 手慰みにカードをくるくる指先で回転させながら、エースが言う。レムは、そんなことないよ、と言いつつも、小さく肩をすくめた。
「みんなのこと、まだ深く知らないから。少し……少しだけ、気後れするってこともあるけどね」
 誰のことを言っているのかは、だいたいわかる。口数の多くないキングか、斜に構えたところのあるサイスか。どちらにしろ、誤解を生みやすい性格であることは、間違いない。
「別に、レムやマキナのことを敵対視してるとかじゃないんだ」
 私は、誤解させているとしたらすまない、と目を伏せる。今でこそそんなことは口に出さないが、初対面でクイーンは彼らのことを『お目付け役』とまで言っていた。それについてわだかまりが残っているとしたら、今後の連携にも支障が出るかも知れない。
「なんていうか……子供の頃から変わらない性格、っていうか……。レムやマキナに限って、というわけでもないから、気にしないでくれ」
「そんな、気を遣わないでよ、セブン。人それぞれ、ってことはわかってるから」
 本当に、全然気にしてないから、とレムは困ったように眉を下げて微笑んだ。と、何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせる。
「それにね、ちょっとわかったことがあるんだ。たぶん、そうなんじゃないかな……って、想像だけなんだけど」
「わかったこと?」
 デュースが、なんでしょう、と促すと、レムはあのね、とわずかに居住まいを正して私たちの顔を順番に見つめる。
「みんなって、ここに来る前はドクター・アレシアのところにいたんだよね?」
 レムの『わかったこと』に、どうしてマザーが出てくるのかはわからなかったが、私はとりあえず頷く。
「ああ。親を失くした私たちを、マザーが引き取ってくれて」
「それからずっと、わたしたちはマザーに育てられてきたんですよ。もう、かれこれ十年くらいも」
 そうですよね、デュースに同意を求められたエースが、ふっと唇に笑みを浮かべる。
「結構、長いよな。十年は」
 そして、その十年はあっという間に過ぎたような気がする。いろんなことがあったよな、としみじみ噛みしめるエースを見て、レムはわが意を得たり、と頷いた。
「やっぱり。みんなは、小さい頃からいつも一緒だったんだね」
 改めて指摘されると、なんとなく気恥ずかしい感じがするのはどうしてだろう。そういう言い方をされたことがなかった私たちは、なんとなくくすぐったくてお互いに目配せしあう。
「だからなのかな、みんなが兄弟みたいにまとまってるように見えるのは」
 いいね、そういうのも。そう言葉を続けて、頬杖をつきながらほうっとため息をついたレムに、エースが首を傾げた。
「……兄弟、みたい、か」
 どのへんが? 思い当たる節を探しているのだろうか、眉根を寄せているエースに、レムは慌てて胸の前に挙げた両手を振った。
「ごめん、気に障ったなら謝るよ」
「違うんだ。そうじゃなくて、どうしてレムはそう思ったのかなって」
 とりなすようにエースがそう言うと、レムはほっとしたように椅子に座りなおした。エースが機嫌を損ねたわけじゃないってわかるのは、それこそ小さい頃から一緒にいるからだろうな、と私は思った。レムは、私たちと行動を共にするようになって、まだ日が浅い。
「わかったこと、というのはそれに関係してることなんですか?」
 遠慮がちに言葉を探しているレムに、心根のやさしいデュースが興味ありげに身を乗り出して声を上げた。私も同じだった。
「……キングのことに限って、だけどね」
 つきあいにくい、とレムが感じていたのは、やはりキングだったか、と私は内心苦笑する。レムは、私たちの視線を集めてたじろいだように身体を引きながらも、思い返すように指を顎に添えて斜め上を見た。
「キングはあまり自分のことはなしてくれるわけじゃないけど、まわりのことをよく見てるなって思ったんだよね。誰かが困ってたら何気なく手を貸してくれたりとか」
 何気なく、ってところが大切なんだよ、とレムは続ける。
「よほどわかりやすく困ってます、みたいな感じじゃないと、なかなか人を助けることなんてできないんだと思うの。でも、キングはそれができる人なんだなって発見できて、ちょっとうれしかったな、って」
 何のことを言っているのか、私はすぐに察しがついた。顔を見合わせているエースとデュースも、そうなんだろう。
「結構皇国兵の攻撃が激しかったでしょう? だけど、そんな余裕のない時でも、キングはすぐに気づいてたみたいだった」
 つい最近のことだ。朱雀領内の森に潜んでいるという情報をもとに、私たちは皇国の残党狩りの任務に就いていた。森の中という困難な状況で、戦いは熾烈を極めた。
「キングが助けに入るまでわからなかったよ、私は。エイトが怪我してたなんて」
 私たちは、いくつかの隊に別れて行動していた。レムは、エイトとキング、私はサイスとクイーン、エースとデュースはナインと一緒だった。だから、キングがどんなふうにしてエイトを援護したのか、その経緯は詳しくは知らない。
「エイトは特に、そういう素振りは見せたがらないからな」
 私は、どうして気づけなかったんだろうと悔やむように唇を噛んだレムに、気にすることはない、とそう言った。
「エイトさんは小さな頃から、我慢強い、みたいなところがありますしね」
「我慢強いっていうか……負けず嫌いのほうがしっくりくるんじゃないか?」
 デュースが苦笑しながら肩をすくめるのへ、エースが少しもどかしげにため息をついた。
「それがいつも正しいことだとは、僕は思わないけどな」
 エースの心配は、もっともなことだ。足を引っ張りたくないとか、邪魔になりたくないとか、エイトはきっとそんなことを考えていたのかも知れない。終わってみれば、今回は作戦の進行にも大した支障はなく、エイトの怪我もそんなには重くはなかったけれど。
「あの時はうまく事が運んだけど、そうじゃない時だってこれから絶対ある。足手まといになりたくないって思うんだったら、さっさと自己申告したほうがいい時もあるだろう」
 エースがぶっきらぼうなのは、何も怪我をしていたことを結果的に隠していたことになるエイトに腹を立てているわけではないのだと思う。エースは、ただ心配しているだけだ。そして、そんなエースに私も賛成だった。
 そんな素直じゃないエースの言いたいことを、今度はレムもわかったみたいだった。うん、と頷いてからエースを見つめて、レムは口を開く。
「怪我をしてたことを隠したかった気持ちは、私にもなんとなくわかるの。同じ立場だったら、きっと自分もそうしただろうなって。でもね、そこを見破っちゃうのが、みんなのすごいところだと思う」
 キングだけじゃなくて、とつけたしたレムに、デュースがどういうことですか、と不思議そうな顔で続きを促す。
「エイトが怪我をしてたってことに気づいたキングも、どうしてそういうことをエイトがしたのかって、きちんとわかってるみんなもすごいなって。我慢強いとか、負けず嫌いとか、そういうエイトの性格を知ってるから、でしょう?」
 信頼関係っていうのは大げさかな、と、レムは難しそうな顔をして見せながら言う。
「小さい頃からずっと一緒で、知らないことなんて何一つなくて。そういう気心の知れた人でしょう、兄弟って。そんなふうに思える人ががいるのは、頼もしいことだよね」
 羨ましいな、と目を伏せて呟いたレムに、親や兄弟がいないのはわかっていた。心根の優しいデュースは、肩を落としたレムに慌てて言う。
「レムさんには、マキナさんがいるじゃないですか」
 小さい頃の自分を知っていて、だから気心が知れていて、という意味では、デュースの言う通り、レムにはマキナがいるだろう。でも、レムにとってマキナはその対象にはならなかったらしい。ええっ、と声を裏返らせて真っ赤な顔で呟く。
「マキナは……うん、そう言われればそうなんだけど……でも」
「へぇ、レムはマキナだと物足りないって言いたいんだ?」
 突然マキナの名前を出されて狼狽えたレムを、エースは少し意地の悪い笑顔を浮かべて見やる。そんなわけない、とわかってて言っているあたり、エースは本当に皮肉屋というか、誰よりも優しげな顔してるくせに時々信じられないようなことをする。
「マキナは幼馴染み、ってやつだろ。兄弟みたいな、とはちょっと意味合いが変わってくるんじゃないか?」
 まぁ、何となくわかる気がするけど。と、これ以上はないというくらい顔を赤くして俯いてしまったレムにエースが言う。そうだろうな、と私も思った。兄弟と幼馴染みは違う。レムにしてみれば、マキナを兄弟として見たくないというところだろうか。
「そう、そうなの。小さい頃は一緒にいたけど、それからいろいろあって何年かは離れてたし……その間のマキナのことはあまり詳しくは知らないから……ってもう! 話が逸れてるよ」
 にやにやとからかい顔のエースが興味津々自分の話に耳を傾けていることに気づいたレムが、ぱっと表情を引き締めて咳払いする。
「今話してるのは私のことじゃなくて、みんなのことでしょ。とにかく、あの時のキングが同じ年頃のはずなのに、お兄さんみたいに見えたってことを、私は言いたかったの」
 そういうことでしたか、とデュースが顔をほころばせる。
「それ、わかります。キングさんは、見た目もわたしたちよりずっと大人びてますし、信じられないくらいすごく落ち着いてますしね」
「デュース、それ言葉を変えれば、キングが老けてるって言ってるのと同じじゃないか?」
 テーブルに片手で頬杖つき、エースがまたもにやりと笑ってデュースを茶化した。デュースも慌てて、そんなことありませんよ、と両手を振って、この場にキングがいないことをそわそわと確認している。悪意があってそうしているわけではない――と思いたい――エースに、私は苦笑して諌めるように口を開いた。
「エース、からかうのはそのへんにしておけ。デュースがかわいそうだ」
「セブンさん……」
 その時のエースは、気になっている女の子をかわいさ余っていじめてしまう子どもそのままのように見えた。助け船を出した私に、デュースはありがとうございます、と泣きつくように椅子ごと移動してくる。ほら、せっかく肩が触れるくらい近くにいたっていうのに、こうなってしまったのは自分のせいだぞ、とすまし顔を気取るエースを軽く睨んだ。
「こういうところを見ると、セブンもだよねって思うなぁ」
 その一連の流れを微笑ましげに眺めていたレムが、ぽつりと言った。あわあわしていたデュースを落ち着かせるために、カップにお茶を注ぎ足してやっていた私は、言われた意味をはかりかねてレムを見る。
「私も、とはどういうことだ」
「キングがお兄さんなら、セブンはみんなのお姉さんかな、って」
 ついでに空になっていたレムのカップにもお茶を注いで、私は肩をすくめる。
「キングのほうはどうかわからないが……まぁ確かに、みんなの姉がわり、みたいなことはしてきたんだとは思う」
 自分で認めるのは少なからず照れくさいのだが、思い当たる節は数え上げればきりがないほどあり過ぎた。
「でも、レムが思っているみたいな大層なことじゃないんだ。ただ、たまたまそういう役割をこなせる奴がいなかったってだけのことで」
 女子で見れば、一見しっかりしていそうなクイーンは、実は追い詰められると意外にあたふたするようなところがあるし、サイスはいつでも我関せずの姿勢を崩さないし。シンクはマイペースにわが道を行くタイプ、ケイトは割と楽観的だし、デュースは芯が強いとはいえ、普段は自己主張も控えめだ。
「みんな、一癖も二癖もある連中だからな。子供の頃は、そんなみんなをまとめるのに、すごく苦労した覚えがある」
 その苦労を思い出して、私はそういえば、と小さく笑った。私たちを育ててくれたのはマザーで、マザーの言うことならあのナインでさえ素直にしたがっていた。けれども、多忙なマザーがいつも側にいるわけではなく、マザーがいなければ仲間たちはそれぞれ好き勝手に行動して、世話になっていた外局の職員をよく困らせていた。それをたしなめるのはいつも私とキングの役目だったっけ。
「……そうですよね。今まで、深く考えたこともなかったから、気づきませんでしたけど」
 手の中のカップに視線を落として、デュースがしみじみと言った。細い吐息が、カップの中の紅茶に波紋を作る。
「今さらですけど、思い返してみればわたしたち、何気ない普通の生活の場面でも、たくさんセブンさんにお世話掛けちゃってるんですよね」
 ご迷惑じゃなかったですか、と眉を下げるデュースに、私は慌てて首を振った。
「そんなことはない。小さい頃からそうだったから、それが当たり前だと思ってたし、実際女子の中では私が一番年上だったしな」
 何気なく言ったはずの根拠だったが、たとえ無意識だったとしても自分はそういう立場でここまでやってきたんだな、と改めて思った。仲間たちの多くは自分よりも年下で、だとしたらそんなみんなの面倒を見るのは自分の役目なんだ、と。
「だから、苦労はしたけど迷惑だなんて思ってはいない。仮に迷惑だったとしても、デュースに関しては迷惑のうちに入らないだろ」
「……だな。セブンに迷惑かけてるとしたら、ナインとかシンクとかそのへんじゃないか?」
 さっきの失点を帳消しにしたいのか、黙って聞いていたエースがぽつりと呟いた。そうでしょうか、とデュースはエースに向き直り、レムはエースの言うことに苦笑している。
「小さい頃のナインとシンク、かぁ。うん、確かに苦労しそうだよね」
「そうなんだ。みんながみんな、手のかかる弟や妹ってわけじゃないんだがな」
 うんうんと頷いているレムに、私は笑って答えた。
「ナインはてんで言うことを聞かないし、シンクは今も昔も時々とんでもないことをしでかすし、ジャックはジャックで年甲斐もなく甘ったれだし」
 それにしたって、一度も煩わしくは思ったことがなかったのだけれど。と、自分のカップに口をつけた私は、ぱちくりと目を見開いたレムに気づいて不思議に思う。何か、変なことでも口走っただろうか。ふと横に視線を流せば、なぜかエースとデュースまでもが同じ顔つきで私を見ていた。
「どうした?」
「え……っと、ナインとシンクはなんとなくわかるけど、ジャックはちょっと意外だったなぁって」
 レムは、心底驚いたというような顔をして、取り繕うように言う。
「だってね、ジャックはそりゃあいつもにこにこしてて人当たりはいいけど、必要以上に入りこんでこないっていうか……そういうところはきちんとしてる印象があって、誰かに頼るところが想像できなかったから」
 ねぇ、とレムは、同意を求めるようにエースとデュースを見る。エースは腕を組んで何か考え込むようにうつむいているし、デュースはレムと同じように目を丸くして頷いている。
「わたしも、ジャックさんが甘えただなんて初めて聞きました」
 一緒にいるようになってまだ日の浅いレムだけではなく、デュースまでもがそう言うのを聞いて、今度は私が驚く番だった。
「そうなのか? でも、私にとってのジャックは、子供の頃から――今だって少しも変わってはいないんだが」
 ふらりと近寄ってきては、あれこれちょっかいを出してもらいたがり、しょうがないな、とそうしてやれば、満足してまたふらりと去っていく。つい先日、猫とたわむれた時のように。昔からの、ジャックと私の習慣。誰に対しても、ジャックはそう振る舞っているのだと思っていた。それが私の勝手な思い込みだったらしいこと、そのあまりにも衝撃的な事実に私は言葉を失ってしまう。
「……どうとらえるかはセブンの自由だけど」
 腕組みしたまま、エースが唸った。こういう場面ではからかうでもなく、正直に的確に自分の考えを言うのが、エースだった。混乱した私には、この上なく頼もしい。
「ジャックは、別に誰にでも甘えてるわけじゃない、っていうのは僕も同じ意見だ。セブンどころか、他の誰にもジャックが甘えているところなんて見たことないからな」
 何か思うところがあるのか、エースは目を伏せてそう言った。だけど、エースが何を思っているのか、それを問い質すことはできなかった。私にとってのジャックと、みんなの目を通して見るジャック。そこにある微妙な食い違いが、エースが認めたことで決定的になってしまった。その驚きで、私の頭の中は埋めつくされてしまっていたから。
 言われてみて、気がついた。そうだ、ジャックが甘えてくるのは大抵二人きりの時で、寮に帰ってきてみんなで騒いでいる時には、そういう素振りは見せたことがなかった。あの時も――猫と遊ぶ私に嫉妬して自分の頭も撫でて欲しいと言い出した時も、側にいたのは猫だけだ。
 と、思い出した私は、その時のジャックのまなざしも一緒に思い出してしまった。はにかむように細められて、なのにこの上もなく真剣に何かを追い求めるような光を浮かべた、私を見るジャックの視線を。
 思い返してみれば、本当に私は動揺していたのだと思う。冷静になって考えれば、その動揺こそがそのまま答えなのだとわかりそうなものだったのに。
 姉としてジャックに接していた自分、弟として自分を慕ってくれたジャック。けれども、疑いなくそう思っていたのは、実は私だけだったのかも知れなくて。だとしたら、どんなつもりでジャックがあんな視線で私を見つめていたのか、その理由も朧気にだけれどわかるような気がして。
 こんなふうに、答えはすぐそこにあって、少し手を伸ばせば簡単に掴むことをができたはずなのに、私はそれをしなかった。なぜだろう、認めるのが怖かったのか。それとも、別の理由があったからなのか。今となっては、知る由もないし、どちらにしろ私の落ち度だということには変わりがなかった。
 けれども、そんな私の中途半端な思いが――迷いが、恐れが、戸惑いが、結果的にジャックを深く傷つけることになってしまったのは、紛れもない事実で。その数日後、私は悔やんでも悔やみきれない苦い思いに、ひどく胸を焼かれることになるのだった。





[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -