そんなことを何回か繰り返して、そして僕は気づいた。『死』の間際でも、人間は夢を見る。そう、夢だ。浅い眠りを漂ううちに、彷徨いこんでしまう夢の中。そこで僕は――僕らは、たくさんの人とすれ違った。
名前を憶えている人も、憶えていない人も、憶えていないけれど不思議と誰であるかわかる人もいた。どこかはわからない、けれども僕らが目指している場所から手を振る人。歩く僕らの名前を、声の限りに叫ぶ人。追い越していく人、見守る人。それから、僕らとすれ違う二人の影。
少し離れたところを、二人は進んでいた。僕らとは、真逆の方向へ。遮るものは何もないのに、なぜか彼らに触れることはできなかった。僕らと、彼ら。完全に分かたれてしまった、道筋。けれど、僕はそれでいいんだと、少し立ち止まって彼らの背中を見送った。
僕らの目指す先とは違う、彼らの行く先には確かに、眩い光が満ち溢れていたから。
『死』の夢は、現実と深く繋がっているように思えた。
だから、約束はしなかった。その瞬間、すべてが終わってしまうような気がしたから。
『また会える』と言ったところで、きっとその時には僕らは世界からいなくなってしまっている。
その約束が真に果たされるべきは、まだずっと先のこと。
僕にはまだ、ほかにやるべきことがあると思ったから。
色や、音や、匂いや感覚が、ゆっくりゆっくり意味を失くし、そうして僕らのまわりから、時間が柔らかく停まっていく。
『その時』を迎えたのは、誰が最初だったんだろう。それを、僕はもう思い出すことができない。だけど、そんなことはもうどうでもよかった。だって、僕らの手はこんなにも固く繋がれている。
みんな、一緒に行こうって思ってたんだ。誰一人、口にはしなかったけれど。あんなに小さい頃から、何をするにもみんな一緒だった。ずっと、ずっと一緒だったんだから。
なのに、気がつけば――僕らの世界に残されたのは、僕一人になっていた。
――ずるいよ。
僕は、小さく笑った。しっかりと繋がっている手は、なのに僕を置いてみるみる冷たくなっていく。一人、また一人と僕から気配が離れていく。静かに繰り返されていた呼吸も、聞こえない。
それでも、これでよかったんだって思う気持ちもある。先に行って誰かにこの寂しさを味わわせるくらいなら、と。そんなに長い間じゃない。もうすぐ、僕もみんなと同じ場所に行けるのだから。
それに、と、僕は耳を澄ました。もうあまり機能しなくなってしまったそれでも、はっきりと聞くことができる足音。遠くから、次第にここを目指して近づいてくる彼らに、僕らのことを伝える役目を請け負うことができたのは、正直誇らしい。
『お願いします、エースさん』
――うん。
『私たちの想いを、彼らに』
――わかってる。
『アタシたちが、望んだ未来なんだからね』
『あ、もちろん、あの二人がシアワセになるってことが第一条件かなぁ』
――そうだな。
『その結果、世界が平和になるってことなら、まぁ賛成だね』
『大丈夫だろう、あの二人なら、きっと』
『ああ。間違いない』
『ったりめーだろうが、ゴラァ。そうじゃなかったら……』
『僕、化けて出てやるんだ〜』
――それもいいかもな。
『冗談はそのくらいにして、ほら、もうすぐそこまで来てますよ』
『エース、頼んだぞ』
11人分の想いが、僕の背中を押す。最期の力を振り絞って、僕はカードに魔力を込める。
きっと、それで。それだけで、彼らには伝わるだろう。
僕たちは、ここにいた。ここにいて、生きて、戦って、そして死んでいく。そんな、僕らの叫びを。
そして何よりも、僕らが彼らに託すもの。未来。
これから生まれる命を受け止めることのできる新しい世界を、どうか絶やさないで欲しい、と。
彼らが僕らにそうしてくれたように、この力を、彼らに――。
掠れて消えていくように、僕の意識は遠ざかる。繋がれた手に、導かれて。
不意に安らいだ気持ちが、なぜか僕にあの歌を歌わせた。
声は、もう出ない。代わりに心の中だけで、口遊む。
そうして、僕は気がついた。
あの歌は、もしかしたら今この時のことを歌っていたのかも知れないって。
最後まで歌うことのできない、それでも何度となく僕を励まし、慰めてくれたあの歌。
僕らは、炎になれただろうか。
彼らのために、受けつがれた世界を照らす灯火になれたのだろうか。
願わくば、そうであるように。
祈りを別れの言葉に代えて、僕は静かに瞳を閉じた。