痛みもなく、安らぎもなく。暑さも感じず、寒さに凍えることもなく。
あんなに恐れていた闇も、あんなに焦がれていた光も、何もかもが消し去られた世界。
それでも――なぜだろう。記憶は消えることなく、ここに在る。
自分という存在を繋ぎとめていた地面も、そこに立つことで無意識に安堵を覚えていた脚も、動くことで命を表していた心臓も。
守るために――実際は縋りつこうと――伸ばされていた腕も、微かにでもぬくもりを感じることのできた喜びに震えていた指先も。
伝えられない想いにずっと噛みしめられていた唇も、必死で捕え見失わないように見開かれていたはずなのに、何が正しくて何が間違いなのか、もう見極めることができなくなっていた瞳も。
何もかもが消え去ってしまったっていうのに、記憶は――心はまだ、ここに。
何が間違いだったんだろう。
どこで、食い違ってしまったんだろう。
心は、繰り返し繰り返しひび割れた悲鳴を上げる。
だけど、そんな後悔は何の役にも立たなくて。
白虎だとか、朱雀だとか、クリスタルの意思とか、そんなものは関係ない。
間違いを犯したのも、そこに在った道筋を捻じ曲げたのも、他でもない俺自身だってことはわかっていたから。
守りたい、失いたくない。
他の何を犠牲にしてもいい、ただそれだけを自分の生きる意味にして。
そう願って、叶えられて、手にしたはずの力は結局、そのどちらも俺にもたらしてはくれなかった。
成し遂げると信じて疑わなかった誓いは粉々に砕かれて、訪れるはずの安寧は遠く闇の彼方へ。
そして残されたのは、希望の抜け殻。
肉体はもはや自分のものではなく、感覚すら失われてしまったというのに。
それだけは消えることなく、俺に寄り添い続けていた。
どれだけ世界が闇に沈もうとも、混沌の渦に飲み込まれようと、未来永劫そこに在り続けるのだと俺に知らしめるように。
身体は、必要ないのだと思い知る。そのために、心が憶えているのだから。
俺が突き出した刃に刺し貫かれた薄い身体を、その衝撃を。
迸る血を、その匂いを。
見開かれた瞳からこぼれ落ちた涙を、そのぬくもりを。
俺の名を呼んだ、その声も。
これが、俺に与えられた『罰』なのだと思った。
失くしたはずの感覚が、それを俺に教えてくれる。
腕に抱いた、レムの身体。そこから伝わる、氷のような冷たさ。
たとえ、それが俺の『罪』の証だったとしても。
永遠に消えることのないそれが、『死』の静穏すら遠ざけるものだったとしても。
俺は、その与えられた『罰』にこそ、安らぎを覚えた。
たくさんの命を奪った。たくさんの想いを裏切った。そんな俺には、お誂え向きの結末だと思ったから。
ああでも、一つだけ。
一つだけ、俺の願いを聞き届けてくれ。
俺は、どうなっても構わない。
でも、レムは――どうかレムだけは、この闇から救い出して欲しい。
罪は俺だけのもので、その罰を負うのもまた、俺だけでいいのだから。
乞い、願うための腕もなく、叫ぶための声も失いながら、それでも俺は一心に祈り続ける。
誰に祈ればいいのか。誰が、この願いを叶えてくれるのか。もしかしたら、そんなものはもうどこにも存在しないのかも知れないけれど。
声にならない声で、俺は叫び続けた。
俺に残された唯一のもの、『罪』の痛みはそのままでもいい。
冷たくなってしまったレムの身体に、もう一度命のぬくもりを吹き込んで欲しい、と。