そのための存在 | ナノ


そのための存在

 太陽が死んでしまった空は、暗い赤に染まっている。
 生きているものの気配が、まったく感じられない。動物も、虫も、草や木や水の息吹も、なにも。息苦しささえ覚える静寂。なのに、頬や手のひらに感じる大気の震えだけが、不気味に生々しい。
 空を見上げて、ティスは思う。また、終わってしまう。世界が。世界から切り離されてしまった自分の手の届かないところで。何億と繰り返されてきた試みの、もうそれしか存在しないのではないかと思えてしまうほどの、結末。
「……終わっちゃうのかな、このまま、また」
 呟きは、響かずに落ちた。
「みたいだな。今回も」
 惜しむでもなく、ただ淡々とリーンは頷く。繰り返され過ぎて、心が擦り切れてしまった。そんな、透明な声だった。
 それでも、螺旋の世界から一番初めに弾き出された自分ほどではないだろうけど、と、ティスはリーンを見上げた。自分を生み出し、育て、そして切り捨てた母は、許すことも、咎めることもなかった。試されるために進化し、望むべき結末を迎えられなかったとなれば、たちまちためらいもなく打ち崩されていく世界に、憐れみや悲しみを感じることなど。
 虚しさを覚えることを、やるせなさにため息することを、憤って涙を流すことを、してもよかったのかも知れない。けれども、そのやり方もそうしようと思うことすらも、ティスはもう忘れてしまった。この世界と同じに、終わりと始まりを繰り返し悠久の時を重ねてきた自分の魂は、リーンのように何かを感じるには希薄になり過ぎているのだとわかっていた。
 ふと、ティスはリーンにあてていた視線を再び空へと移した。なんだろう、と耳を澄まし目を瞬かせた。何かを聞くためでも、見るためでもない。それは、聴覚や視覚にとらえられるものではなかったから。でも、確かに感じる。いつもと同じだと思っていた世界の終わりの、その奥底からちりちりと火花を散らすように何かが生まれるのを。
「……ティス?」
 リーンが自分を呼ぶ声を聞きながら、ティスは心を凝らし続けた。何だろう、何が起こっているんだろう。動かない静寂を切り裂くように、その気配は赤い空を覆い尽くさんばかりに広がり続けている。感覚を超えて姿を見せたのは、色とりどりの光。
「朱と白が満ちている……? 蒼と黒も? こんなにも……」
 信じられない、と呟くティスに応えるように、光は強くなる。何かを訴えるように点滅を繰り返し、それはどんどん増え続ける。間違いない、これは、魂の輝きそのものだ。
 人は、生まれる自由を持てない。しかし、どう生き、どう死ぬかは、自分で決められる。母と呼ぶ存在が、何度もそう言ったのを聞いた。それと同じくらい、その言葉を満たす結末が訪れなかったのを見てきた。神に認められるだけのきらめきを放つ魂が生まれることは、今まで一度だってなかったというのに。この魂の輝きは、紛れもなくそれに近い。
「珍しいのか?」
 リーンの問いかけに、ティスは頷く。
「うん。六億の世界でも、とても珍しいと思う。もしかしたら、初めてなのかも知れない……」
 繰り返された六億回の世界の全てを知るわけでもなかったけれど、ティスはそう確信していた。今までと何が違うのか、何がそうさせたのか、わからないことは多い。けれども、今は目も眩むほどに強くなりつつあるこの光は、確かに現実に存在する光だった。
「私は、どうすればいいの?」
 どうすればいいと思う? 途方に暮れるように首を振るティスに、リーンは肩をすくめてこともなげに言う。
「届ければいいんじゃねぇの?」
「え?」
 どうしてそうしないんだ、と言うように小さく笑ったリーンを、ティスは振り返った。見開かれたティスの瞳をまっすぐに覗き込んで、リーンは続けた。
「あの人は、そんな機微には気づかない。だからさ、ティスが届けなきゃ」
 思いがけない提案だった。けれどもその答えは、始めから用意されていたかのように自分の戸惑いにぴったりとはまるような気もした。
 リーンの言う通り、母はきっと気づかない。彼女が興味を持つのは、試みの結果。神の元へと至る扉が開かれたかどうか、そのことだけだ。こうして世界が終わりかけているということは、今回もまた扉は開かれなかったのだ。けれども、世界を満たそうとしている魂は確かに、母の望んだ魂のかたちをしている。そうか、とティスは気づく。
「私は、そんな架け橋になるために、無と有を内包してここにいるのかな」
 母に不要とされた自分の存在が、未だあり続けることに疑問を感じなかったわけではなかった。何のために、自分はこの世界に存在し続ける必要があったのか。それは、この時のためだったのだと今ならわかる。
「……うーん、難しいことはわかんねぇけど」
 肩をすくめて、リーンが言った。
「ティスがそう思うなら、そうだろ?」
 すべてを受け入れるかのような優しい微笑みが、ティスの戸惑いも迷いも跡形もなく溶かしていく。いつだって、一緒にいてくれた。どの繰り返しの時でも、変わることなく。いつもと違う結末を迎えようとしている世界、何が起こるのかはわからない。けれども、リーンと一緒なら何があっても大丈夫。そう思えることに、そう思わせてくれるリーンを、ティスは心からの感謝を込めて見つめた。
「……じゃあ行こう、リーン。リーン・ジョーカー」
 ひとりじゃなくてよかった。あなたがいてくれて、よかった。その声にならない言葉が伝わったのか、リーンはまた笑って頷く。
「あぁ、行こうぜ」





[ back ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -