今、目の前にある現実からは遠くかけ離れた、まるで別次元のことのように美しく。
ひっそりと始まった歌声に、仲間たちのすすり泣きの声は次第に消えていく。堪えていた涙をもはや隠すことすら止めて、エイトはぼんやりと歌声の源を探し、そして見つけた。
ああ、そうだった、とエイトは目を細めた。エースは、いつもこの歌を歌っていた。魔導院の教室の裏庭で、チョコボの厩舎で、そしてテラスでも。幼い頃から、エースは歌うのが好きだった。ひどく懐かしさを感じて、エイトは目を閉じる。するとたちまち、エースの歌声に促されるように、過ぎ去ってしまった時間がゆっくりと巻き戻り始めた。
歌うエースの側、耳を傾けているデュース、そんな彼女を囃し立てるケイト。知識を無駄に垂れ流すトレイ、それに顔をしかめるシンク。課題を突きつけられて逃げるナインを、厳しい表情で追いかけるクイーン。その様子を眺めていたセブンは、隣のキングと顔を見合わせ呆れたように肩を竦め合っている。賑やかだねぇとのんびり笑うジャックの横には、くだらないと切り捨てながらも同じように柔く微笑んでいるように見えるサイスがいた。
そうだ、みんな一緒だったんだ。いつ、どんな時でも。子供の頃から変わらない、意識しなければそれと気づくことのないほど、当たり前だった日常。もう、ずいぶん昔のことのように思えてしまう、穏やかに積み重ねられていった時間。
楽しいことばかりでは、もちろんなかった。苦しみも悲しみも憂いも、繰り返し波のように自分たちに押し寄せた。特に、魔導院で過ごすようになってからは。大きな力に引き寄せられるようにして、たどってきた道筋。言うなれば、その終わりが、今なのかも知れない。
追憶から抜け出したエイトは、瞳を上げて仲間たちを見回した。傷つき、疲れ果てたひとりひとりに、なぞるように視線をあて、そして最後に自分の両手を見下ろした。ゆっくりと、それを握りしめてみる。
不思議だ、とエイトは思う。エースの歌を聞いているうちに、胸を塞いでいた重苦しい何かがきれいさっぱり洗い流されてしまったかのようだった。それがなぜなのか、エイトにはわかるような気がしていた。エースの歌声によって呼び戻された過去の中に、その答えはあったのだ。
同じことを、仲間たちも感じたのだろうか。濡れた瞳を瞬かせるセブンも、それに応えたキングも、涙も枯れたと笑うジャックも、頷くサイスも。そしてほかの仲間たちの中でも、何かが変わったように思えた。
痛みや、恐怖は、相変わらずそこにある。迎えようとしている終わりの時の足音も、途切れることなく近づいている。それでも、みんなと一緒なら。
エイトは、確かめるように呟いた
「なぁ、もう戦いって、終わったんだよな?」
「……そうだな」
キングが、頷く。
だとしたら、癒えることの望めない痛みに苦しみを叫び続けるよりも。避けられないとわかっている現実を嘆き、恐怖するよりも。
想いをこめて、エイトは仲間たちに問いかけた。
「じゃあさ、これからのこと、考えてみないか?」
何があっても、どれだけ絶望の淵に立たされようとも、恐れることはない。
なぜなら、自分たちは決して孤独ではないのだから、と。