道標 | ナノ


道標

 誰に頼まれたわけでもない。自分で、そう自覚していたかどうかも怪しい。
 けれども、誰かが危機に直面しそうな時、面倒事に巻き込まれそうな時、手を貸すのはいつもキングの役目だった。

 もっとも、キングの出番は最初だけだった。ほんの一言、解決の糸口を指し示すように助言するような。あとは、他の誰かが動くのを見守るだけ。協力や連帯を惜しんでいたわけではない。自分が最後まで手を尽くさずとも、仲間たちはそれぞれ的確に判断して行動する力があったからだ。
 思い返してみれば、それが当たり前のことになっていた。意識することはなくても自分は確かに仲間たちの道標で、そこから活路は開けていた。任務の時も、それ以外のほんのささいなアクシデントでも。

 崩れかけた教室が、まるで今の自分たちのようだとキングは思った。
 傷つき、打ちのめされ、疲れはてた身体は、この教室のように少しの衝撃にも耐えきれず倒れてしまうかも知れない。
 それでも、とキングは、激昂するにまかせて声を荒げたナインの言葉に唇を噛んだ。
 ナインの言うとおり、自分たちは覚悟を決めて戦いに臨んだはずだ。立ち向かわなければならない相手の強大さも、癒せない傷を負う事も、すべてを理解したうえで、ここを旅立った。
 たとえその結果が今だとしても、自分たちは後悔などするわけがないのだ。誰一人として。

 だからこそ、キングは考えていた。
 ひときわ高く泣き声を上げたシンクの側に、皆と一緒に寄り添いながら。
 自分にできることはないのか、と。
 これまでそうしてきたように、自分が道を指し示すことができればあるいは。すべてを取り除くことは不可能でも、彼らの、自分の惑いを薄めることぐらいはできるのでは、と。
 けれども。

 誰もが傷ついていた。堪えきれない痛みを抱えていた。見ず知らずの恐怖に抗おうと必死だった。そして、それらから逃げ出すことは、もはやできないのだということに気づいていた。
 おそらく、その先に待つ、『死』というものの存在も。
 それは、仲間たちを、自分自身の頭上をも塗り潰そうとしている。
 ひっそりと、しかし確実に、絶望を伴いながら。

 なにもできないのか、もう。

 キングは、自分の無力さを噛みしめる。
 何もかもが変わってしまった世界に放り出された自分たちは、このままでは。
 なすすべもなく、闇に沈んでいく道しか残されていないというのに。





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