ひとりにしないで | ナノ


ひとりにしないで

 わたしたちの教室、こんなところだったっけ?

 破壊され、ところどころ崩れかけた天井を、シンクはぼんやりと見上げて考えていた。あたりはとても静かで、仲間たちが一緒だというのに、自分一人で床に座り込んでいるような気さえする。
 差し込んでくる光は、妙な明るさでそこを照らしていた。黒板は、あんなに大きかっただろうか。講壇はあそこまで高いところにあっただろうか。いつも自分が座っていた席から、これほどまでに距離があっただろうか。
 投げ出した脚の先に、そろそろと視線を落とす。確かに自分の脚なのに、動かそうとしても力が入らない。擦りむいた膝に指を伸ばす。触れる血は乾いていて、ここでもやはり事実を現実として感じることができなかった。
 シンクは、膝に置いていた手を伸ばす。触れたのは、制服の布地。埃まみれで、ところどころかぎ裂きになっている。どこで引っかけたのだろう。やだな。かっこ悪いし、放っておいたら糸がほつれて裂け目が広がっちゃうかも知れないし。

 考えちゃだめ。気づいちゃだめ。

 頭の中で響く声に従って、シンクは『それ』を考えないようにしていた。できる限り、いつもの自分を保とうとしていた。

 そうだ、こういうのはデュースが得意だったよね。うん、後で直してもらおう。そしたら、お礼にリフレで飲み物でもおごっちゃおう。どうせなら、みんなで行こう。みんなで行った方が、楽しいよね。

 と、ぼんやりと霞んだ視界が、シンクの思考を遮った。なんだろう、と目をこする。指先を濡らした生温かいものが、すぐに冷えて存在を主張した。じわりじわりとそれは絶え間なく溢れ出て、ついにはシンクの頬を伝って落ちる。
 エースの声が聞こえる。クイーンも、何か言っている。誰かが苦しそうに呟く声も、恐れに震える吐息も、叫ぶ声も、すすり泣く声も。

 だめだよ、振り返っちゃ。だって、そうしたら……。

 見たくない現実を理解してしまうから。傷ついたみんなが見えてしまうから。流れる涙と、しゃくりあげる身体の震えと、どうしようもない絶望感が『それ』を声高に宣言していたとしても、シンクは認めたくはなかった。しかし、振り返ることをしなくても、仲間の声がシンクを責め立てる。

「でも」 「無理だよ」 「怖い」

 苦しみを帯びた言葉が、どろどろした闇となってシンクを取り囲む。必死になって作り上げた逃げ場所も、今自分が座りこんでいるこの床も、仲間たちも、世界のすべてを飲み込もうと一気に牙をむく。

 もうこれ以上、痛みには、苦しみには、恐れることには、耐えられない。
 この闇を、ひとりぼっちでさまようことにも。
 こみあげる涙で、息ができない。抜け出さなきゃ、ここから。

「もう、やだよぉ」

 だから、シンクは声をあげる。
 わたしは、ここだよ、と。

 ここにいるから、ひとりにしないで。





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