そうだ。 シルバーと会ったのも偶然。 雨が降ってきたのも偶然。 小雨が土砂降りになったのも偶然で、ぼくの家が近かったのも偶然。 ぼくの家に親がいなくて、それも偶然。 なんだこれ。 なにこの状況。 「おい、本当にいいのか」 「いいって!気にしないでよ!」 「けど、下着とか…」 「あげるよ!大丈夫、新品だし!」 そうなのだ。 久し振りにシルバーに会って、バトルしようとしたところで土砂降りにあって。 取り敢えずぼくの家に避難して。 そしたら家には誰もいなくて思いがけず二人きりになっちゃったし、服は濡れてるし、下着まで濡れてたし、ぼくは着替えがあるけどシルバーはないし。 でも、このままじゃ風邪引くな、と思って、ぼくは新品の下着を開けて、Tシャツとハーフパンツを貸すことにしたのだ。 「…服は、洗って返す」 「あ、うん、分かった」 これでまた近いうちにシルバーに会えるかも、とぼくは内心ガッツポーズ。 しかし、ぼくは今困っているのだ。 何って、ほら…ハーフパンツ。 ぼくとシルバーじゃ悔しいけど足の長さが違うから、ジーパンとかは貸せない。 ハーフパンツなら大丈夫そうかな、と思って渡したら。 いつもは隠れてるふくらはぎが惜し気も無く晒されて。 正直、ぼくはそれに気付いた瞬間、くるりとシルバーに背を向けた。 一つ言っておこう。ぼくは片思い中です。シルバーに。 まさか同性を好きになるだなんて思ってもみなかったけど、好きになっちゃったものはしょうがない。 ただし、流石にそのことは誰にも話していない。 シルバーに思いを伝えるなんて以ての外。 だって、拒絶されるかもしれない。気持ち悪いと言われるかもしれない。 同性を好きになる、なんて。 はぁ、とぼくは溜め息を吐いた。 ああでも、好きなんだよ。どうしても。 だからシルバーを見れない。 こんなに近くにいるし、ふくらはぎ見えてるし、いつもと違って喧嘩してない、けど。 タオルで髪を拭いたりとか、そういうのが、どうしようもなくえろくて。 ああ、見れない。 キツいよ、この状況。生殺しってこういうのを言うんだね。 ああ、嬉しいんだよ。シルバーと二人っきりで。 ずっといれたらな、とかちょっと思ったり。 でも辛い! …やけに静かじゃない? 物音一つしてないよシルバー。 恐る恐る振り返ってみると、ぼくの苦悩も露知らず、シルバーは壁に凭れかかって気持ち良さそうに寝ていた。 あー…、寝顔可愛い… って、もう!本当に困ってるんだってば! ああでも、こんな風に無防備に寝顔晒されて。 ぼくはついうっかり“キスしたい”なんて思っちゃって。 だって、可愛くて、さ。 そうっとシルバーに近付いた。 すぅすぅと安らかな寝息を立てて、普段の言動からは考えられない程、シルバーはおとなしく寝ていた。 音を立てないように、ぼくはゆっくりシルバーに顔を寄せた。 ちょっと、いいにおい。 シルバーの睫毛がぴくりと揺れて、ぼくもぎくりと止まる。 起きて。今起きてくれたら止まれるから。 けれどシルバーは起きなくて、また寝息は規則正しく刻まれ始めた。 ねえ、起きてよ。 お願いだよ、止まらないんだよ。 髪はまだ湿っていて、額に一筋ぺたりと張り付いている。 起きろ。まだ間に合う。 ドクドクと心臓がうるさい。 起きなかったら本当にキスしちゃうことになる。 そしたらもう止まらない。 だってこんなのダメだよ、シルバーの許可も取ってないし、何より、同性だよ、ぼくら。 起きろ。起きるな。 もうこれ以上近付いたら。 頭が壁に預けられて、顔がくいっと上を向いている。 桜色の唇は僅かに開いていて。 ギュッと目をつぶって、ふちゅ、とそこにそっと唇を重ねた。 恐る恐る離れて、目を開けてみれば。 「あ…し、しるば、」 「……」 「う…あの、これはっ、その…」 シルバーの目がぱちりと開いていて。 ほっぺが、赤くて。 ああ、どうしよう。ばれちゃった。 キス、しちゃった。勝手に。 「…か、帰る」 シルバーがすくっと立ち上がって、ずんずんとドアの方に歩き出した。 「えっ、あっ、待って!」 僕は思わず引き止めてしまった。 シルバーがそれを無視してくれたら良かったのだけれど、シルバーの足はぴたりと止まってしまった。 ど、どうしよう。何か言わなきゃ、何か…… 「…シルバー、好き」 思わず出てきた言葉がこれである。我ながら馬鹿だと思った。もう泥沼だ。 ええい、どうにでもなれ! 「シ、シルバーは?」 シルバーはしばらくそこに立ったままだったけど、ちょっとだけ振り返って、こう言った。 「……き、嫌いではない」 「え、…シルバー、それって、」 「う、うるさい!オレは帰る!」 今度こそシルバーは帰ってしまった。 横顔を赤く染めながら。 雨は上がっていて、見事な青空が広がっている。 あーあ、次、会いにくいなあ…… けど気付いたのだ。 ぼく、シルバーに服貸しっぱなし。 いつ返しに来てくれるかな。 それがちょっと楽しみで、ぼくの心臓はまた心拍数を上げた。 back |