ずっと泣きたかった。泣けなかった。
3年前のあの日から、決して泣くまいと、誰にも負けないと、強くなると誓った。
誰に?
いるとも分からぬ神に。
人は神に縋ろうとする。
俺は、神なんて信じていないつもりだったし、頼ってるつもりもなかったけど、無意識に頼っていてしまったようだ。
そうでもしないと、生きてこれなかった。
誓う神がいないと、どうにも。
そんな俺が、どうしても勝てない奴がいた。

「シルバー、そんな恐い顔するなよ」

たった今、俺を負かしたそいつは、俺の顔を覗き込んで、心配そうな表情を浮かべていた。
なんで俺に構うんだ、と思った。バトルを仕掛けたのは俺。負けたのも俺。
そんな相手を気遣う馬鹿なんて、こいつ以外にいないだろう。
このお人好しの名前は、ヒビキと言う。
のほほんとした田舎町で育った奴。
そんな奴に負ける理由が分からなかった。
なんで俺に優しくするのかも、分からない。
いっそ、聞いてみようか。
なんとなく、今まで聞いてはいけないような気がして、聞かなかった。
別に、今まで気遣われて嫌だった訳じゃない。
ただ、そんなことをして何にもならないのに、気遣ってくるヒビキの考えが分からなかった。
そう、分からないって、少しだけ、怖い。
このときの俺は、知るのも少し怖かった。
怖いっていうのは、警報だ。その先に進んではいけないという、本能の叫び。

「なんで、俺に構うんだよ」

え、と小さくヒビキは言った。

「馬鹿じゃないのか、お前。負かした相手なんて気にかけても、どうしようもないのに」

言わなければよかった、と後悔した。
止まらなかった。
ひとりで強くなると誓ったあの日から、誰にも言えなかったことが溢れて止まらなかった。
少し声が震えた。
自分が泣きそうなんだと気付いた。
俺は俯いた。顔を見られたくなかったから。
目を瞑った。溢れる思いに飲み込まれて、何も見たくなくなったから。
そんな惨めな俺に、ヒビキは言った。

「好きだから」

あぁ、と思って、それから思考が停止した。
今、こいつは、なんて?

「シルバーは、なんかほっとけない。なんていうか、不安定?不完全?そんな感じでさ」

ふかんぜん。

「だから、守ってやんないとって思って。いつの間にか、そんな感じで好きになっちゃった」

「…なんだそれ」

視界がぼやけた。
なんでだろう、悲しくはない。
けれど涙が込み上げた。

「ねぇ、シルバー?」

ヒビキの声を聞いて、更に涙が溢れてきた。
そしてふと気付いた。
ああ、俺は嬉しかったんだ。
好きと言ってくれる人なんて、愛してくれる人なんて、もうどこにもいないと思ってた。
泣いたのは、いつ以来だろうか。
この、涙と一緒に込み上げてくる、なにか熱いものは一体何なのだろうか。


(知らない)
(こんな気持ち)
(悲しくない、けど)



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