ナツキ×トウコ


観覧車があった。
この観覧車に初めて乗ったときは、Nと一緒に乗った。

「トウコさん」

後ろから声を掛けられた。ああ、一年振り、かな。

「なあに、ナツキくん」

振り返らずに私は答えた。お互い、さん付けと君付け。でもよそよそしい感じはしない。この呼び方に慣れてしまった。

「今日も観覧車に乗るの?」

私はナツキくんにそう言った。
去年は毎日乗った。ナツキくんは高所恐怖症で、毎日顔を真っ青にして、でも一緒に乗ってくれた。負けず嫌いなだけだったのかもしれない。
それでも楽しかった。遊園地には人がたくさんいた。夏休みだった。家族連れ、カップル、女の子4人組。
私たちは、カップルじゃなかった。奇妙だった。約束なんてしてない。付き合ってもいない。けれど毎日毎日バトルして、観覧車に乗った。乗らない日なんてなかった。

「ねえ、乗るんでしょ」

だから今日だって乗ると思った。記念すべき、夏。何故か夏じゃないとナツキくんには会えない。

「今日は乗らない」

返ってきたのは拒否の言葉だった。正直驚いた。

「どうして?去年は毎日乗ったじゃない」

「…乗らない」

振り返ってナツキくんを見ると、彼は俯いていた。表情がよく見えない。
乗らないだなんて、面白くないな、そう思った。夏になって、ナツキくんに会えるからここに来たんだ。一人じゃ乗れないこの観覧車に乗るために。
ちょっと挑発してみようか。

「…そう。やっぱり怖かったのね。観覧車が」

その言葉を聞いて、ナツキは顔を上げた。そして私の顔を凝視した。

「去年は無理して私と一緒に乗ってくれたのよね。もう乗らないよね…」

ナツキくんの顔がみるみる赤く上気してゆく。口をきっと結び、目を見開いて。

「可哀相なこと言って、ごめんね」

そう言った瞬間、赤くなっていた顔が更に一気に赤く染まった。
彼はプライドが高いトレーナーだ。可哀相、と言われて黙ってはいられないだろう。
私の思ったとおり、ナツキくんはあっさりと私の挑発に乗ってきた。

「…いいだろう。乗ってあげるよ。乗りたいんだろう、あなたは観覧車に」

「…ええ。乗りましょ」

「言っとくけど、怖がってなんかない、」

「はいはい」

ばればれだよ、ナツキくん。相変わらずの高所恐怖症。
二人で観覧車に乗り込んだ。ステップに足を掛けた瞬間、ゴンドラが揺れた。ナツキくんの拳がきゅっと絞まる。緊張しているのが分かる。
ナツキくんがひいひい言っているうちに、天辺に辿り着いた。
遊園地にいるひとが、ライモンシティが、リザードン橋が見える。
私たちは景色を見れるけれど、地上の人たちはゴンドラの中の私たちを見ることはできないということに気がついた。

「ナツキくん」

「なっ、なんですかっ」

「喋らなくていい。黙って聞いてて」

「あ…はい…揺らさないならなんでもいいです…」

やっぱり怖がってるじゃない。そう思って、私はくすりと笑った。
ナツキくんは怖がっていると、敬語になる。

「世界って、広いわね」

返事はない。

「私たちは地上の人を見れるけれど、ここを地上の人は見ることはできない。それってまるで、私たちだけの世界にいるようだわ」

やはり返事はなかった。しかしナツキは怖がってはいないようだ。興味深そうに聞いている。

「実際には沢山人がいるし、二人だけの世界なんてない。錯覚なのよね。こんなの」

最後は少し笑った。嘲笑。誰に?自分に。

「錯覚なんかじゃ、ない」

沈黙の後、不意にナツキくんはそう言った。

「きっとここが、このゴンドラが、僕らの生きてる世界だ」



(ここが生きてる世界)
(証拠はないけれど)
(今ここで生きてる)


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pretty please*さまへの提出品!

02/12 修正


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