僕は最近少し疲れていた。
カノコを離れてどれくらい経ったのだろう。
奇妙な緑髪の青年に付き纏われたのはいつ頃からだったろう。
正直、僕はうんざりしていた。男二人で観覧車に乗る理由も分からなかったし、勝手に僕やチェレンやベルのことを調べられたのも嫌だった。
嫌だった、はずだった。
いつの間にか、そうでも無くなってしまっていたのかもしれない。


フキヨセシティ。
あの日は雪が降っていた。よく覚えてる。
ジムの前、雪が降っているのにNが立っていたから。
Nは傘も差さず、ぽけらんと突っ立っていた。そして僕に気付いた。

「トウヤ!」

ぱあっと表情が明るくなった。鼻の頭が赤くなっていた。寒いのに。こんな寒いのに、傘を差さなかったから。よく見れば、Nの指先は赤く染まっていた。霜焼けだ。
僕は最近うすうす気付いていた。自意識過剰かもしれないけれど、Nが僕を好いてくれていることに。
Nは分かりやすい。さっきも、僕に気付いた途端に表情が変わった。妙に幼いその顔を、僕は可愛いと思った。
でも僕は、そのことに気付いてから、胸の辺りがこそばゆくて仕方が無かった。よく分からない感じがした。
この日もそうだった。
Nの霜焼け。極端な紅色。その色を見て、僕は何故か苛々とした。だから、言った。

「N、お前、こんなとこで、」

何してんの?

冷たい言い方だと思った。Nの目が大きく開いた。

「ボクは…トウヤを待ってて…」

Nが目を伏せた。長い睫毛が揺れた。雪がついて白と黄緑の斑になっていた。

「迷惑…だったかなぁ。ごめんね」

迷惑とは違うと思った。僕が苛々してるのは、寒いのにNがずっとここにいたことだ。いや、いつから待ってたかなんて分からないけれど、霜焼けになるくらい寒い場所にいたことが気に入らない。迷惑なんかじゃなかった。
けれど、それを僕が言う前にNが早口で話し始めた。

「そうだよね。迷惑だったよね。もしかしてトウヤはずっと前からそう思ってた?ボク、全然気付かなかった。トウヤはボクのこときっと嫌いだよね。観覧車、嫌そうだったもんね。ごめんねトウヤ。ボク、もうトウヤとは会わないよ。寂しいけど、トウヤが嫌がることをボクはしたくない。そうだ、それがいい。ボクはもう、トウヤに会わないことにするよ」

冗談だと思った。そんな突拍子もない考え、有り得ない。そう思った。
このとき僕は忘れていた。Nに常識は通じないってこと。

「ばいばい」

このNが告げた別れの言葉も、いつもどおりの言葉だと思った。また明日、学校で会える。そういう言葉だと思った。
そう思ったあの日から、もうすぐ三ヶ月経つ。
Nをどれだけ探しても、見つからなかった。胸のもやもやは消えない。むしろ強くなっている。
自業自得だ。分かってる、そんなこと。
僕があんなこと言ったから。僕が止めなかったから。Nがあのときどうしてばいばいと言ったのか。それは簡単に分かる。
Nの好きな僕が、迷惑だと言ったから。
正確に言えば、迷惑だと勘違いしたから。だからNは消えた。
なんて残酷な。
Nがいない。そんなこと、どうってことないと思ってた。でも今、僕はどうしても、Nに会いたい。



Nが消えてから、もうすぐ三ヶ月。


(君がそう言うならば)
(ボクは消えよう)



はいいろのゆめ様への提出品!



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