彼はあたしのことを、「トウコちゃん」と呼ぶ。 トウヤのことは「トウヤ」と呼び、チェレンは「チェレン」、ベルは「ベル」と呼ぶ。 あたしだけが、「トウコちゃん」なのだ。 なにかそこにだけ、壁が在るかのように。 ◇ 「かくれんぼ、しようよ」 Nは唐突にそう言った。チェレンとベルは顔を見合わせ、トウヤがきょとんとNを見た。そりゃそうだ、かくれんぼなんて、こんな歳になってやるもんじゃない。でも、なんとなくやりたくなる。「かくれんぼ」。懐かしい響き。 「よし、外に行こう!」 トウヤが言った。かくれんぼをやろうと、言わなくてもみんな分かってる。 じゃんけんの結果、Nが鬼になった。本当、Nはじゃんけん弱い。そういうのも可愛いんだけど。 「えぇー… じゃあ、数えるね。いーち、にーい、さーん…」 Nが数え始めて、あたしたちはバラバラに散らばった。トウヤは草むらへ飛び込んだ。チェレンはアララギ博士の研究所の裏へ。そしてそれを置いてけぼりのベルが急いで追いかける。あたしは、カノコタウンのはずれ、小さな森の木の影に隠れた。 「さんじゅう!えー… 誰もいない… トウヤー」 Nはどうやら数え終わったようだ。よし、そのままあっち行け。 そう念じたのに、Nはどんどんこちらへと近付いてくる。 「チェレーン、ベルー、どこー?返事してよー…」 する訳ないでしょ、と心の中で呟いた。それじゃあ、かくれんぼにならないじゃない。 Nはそういうとこ、ちょっと抜けてて可愛い。 「トウコちゃーん?いないのー?」 ずき、と胸が痛んだ。あたしだけ。やっぱりあたしだけちゃん付けで、どこか他人行儀だ。なんであたしだけ。あたしも一緒にいたのに。みんなと旅をしてたのに。そんなことを考えていて、Nがとても近くまで来ていたことに気付かなかった。逆に、Nはあたしをあっさりと見つけてしまった。 「あ!トウコちゃん見っけ!」 無邪気に笑ってそう言うN。また、「トウコちゃん」。それを聞いて、あたしは思わずNにこう言ってしまった。 「やめて」 「…え」 「『トウコちゃん』って呼ぶの、止めてよ。ちゃん付けなんて、気持ち悪い」 あぁ、どうしてこう、言い方がきつくなってしまうんだろう。口が悪いのはいつものことだけど、こんなときぐらいちょっとは優しくしたい。あぁほら、Nが泣きそうな顔してる。 「…別に、責めてる訳じゃないわよ、N」 「…そうなの?」 えぐ、と言いながら、Nが顔を上げてあたしを見た。涙を浮かべている。どうしてそんなに可愛いのよ、男子のくせに! まぁそれは置いといて。 「あたしはその… なんであたしだけちゃん付けなのか知りたいだけ」 「うえ…と それは… んー… なんとなく?」 「なんとなく?」 そう聞き返すと、Nはコクリと頷いた。 「なんか… いつの間にかそれに慣れちゃって… なんとなく…」 「…そう」 そう、理由なんて無いのだ。けれどそれがあたしを苦しめる。Nに、無意識のレベルで拒絶されている気がしてならない。 「『トウコ』でいいのよ。ちゃん付けなんて、他に誰もしてないわ」 昔からあたしは「トウコ」だった。元気で明るくてボーイッシュ。誰もちゃん付けなんてしない。それなのに、Nはあたしのことを、さも当たり前かのように「トウコちゃん」と呼んで、あたしを苦しめる。女の子であり女の子でなかったあたしを。「トウコちゃん」と呼ばれたときの、こそばゆい感じを思い出す。 「呼んでみてよ、『トウコ』って」 そんな他人行儀な、「トウコちゃん」とはお別れだ。もっとNの近くにいたい。 「えぇー… えと、じゃあ… トウコ?」 頬を微かに赤く染めながらNは確かにあたしを呼んだ。いちいち可愛くって、どきりとする。 「なんだか恥ずかしい… けど、これでいいんだよね?」 そんな恥ずかしがらないでよ。なんだかこっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない。そんなに頬を赤く染めて、そんな笑顔で。 可愛いすぎるのよ、N! hide and seek (かくれんぼ) ――――― BGM:かくれんぼ/whiteberry back |