「海外研修?」


彼女は布巾に手を伸ばしながら頷いた。


「副賞なんだってさ」


布巾を土鍋の蓋に被せて持ち上げ、中をのぞく。


「…まだ?」
「さっき入れたばっかだろ」


残念そうに蓋を元に戻す。検事局から帰るついでに鍋の材料を買い、今は食材が煮えるのを待ちながら、柊が局長に言われた話を聞いている状態だった。「検事・オブ・ザ・イヤー」の受賞自体は祝うべきことだけど、彼女はその副賞…海外研修に対し、非常に気が進まない様子だった。


「行きたくないです」
「費用負担してくれるならいいじゃねェか」
「そういう問題じゃ…あ、もういいよね?」
「まだだよ」


柊はまた布巾に手を伸ばす。相当空腹なのだろうが、さすがにまだ白菜も煮えていない。


「だって3ヶ月だよ?」


長いよ、と彼女がぼやく。


「ドラマ1クール終わっちゃうじゃん」
「見てねェくせに何言ってんだ」
「そのくらい長いってことだよ」


はぁ、とため息を吐く。どうしてそんなに嫌なんだろう。彼女は10代の頃アメリカに留学しており、そこで飛び級して検事になったという、彼らの周りでは割りと珍しくない経歴の持ち主だ。だから言葉が心配なわけではないし、飛行機が苦手という話も聞いたことがない。


「いったい何に駄々こねてんだ?」


カセットコンロの火加減を調節しながら尋ねると、柊は唇を尖らせた。


「ちっちゃい子供みたいに言わないでくれる?駄々はこねてるけど」
「自覚あるんだな」
「27歳にもなって天然の駄々っ子って、逆にどうなの?」


さっきからお預けを食らっているので、彼女はお茶ばかり飲んでいる。1.5リットルのペットボトルが早くも後半戦に突入した。その様子を見て、さすがに白菜くらいは食べさせてやりたくなって、夕神は鍋の中身を確認した。彼女が期待に満ちた目で見つめてくる。無言で手を出すと、嬉々として取り皿を乗せてきた。


「もう行くって返事しちまったんだろ?腹ァくくんな」
「…迅さんて、そういうとこドライだよね。あ、マロピーちゃん多めね」
「分かってらァ」


彼女が好きな白菜とマロピーちゃんを割り増しで盛ってやる。柊は嬉しそうに手を合わせてから箸を持った。


「鍋うまー、しあわせー」


素直に喜ぶ彼女に、自然と笑みがこぼれた。ここ数年、何度か刑務所で見てきた作り物の笑顔とは違う、屈託のない表情に胸の辺りが温かくなるような感覚を覚える。彼女は笑顔の“巧い”人だが、やはり心から笑っている方がずっと綺麗だ。……柄にもないことを、と思った。誤魔化すように、話を戻す。


「で?結局何がそんなに嫌なんだよ」


すると柊は、おたまを手に取りつつ答えた。


「それね、……やっぱいいや」


マロピーちゃん美味し過ぎてどうでも良くなっちゃった。そう言って、豆腐をすくう。彼としては気になるところだったが、これ以上尋ねてもはぐらかされるだけだろう。自分から言ってくるのを待つしかない。


「はい、豆腐割り増し」
「おう。ありが……って多くねェか」


自然に差し出して来たのでスルーしかけたが、彼の器には豆腐が溢れんばかりに盛られていた。


「迅さん豆腐好きでしょ?」
「好きだけどよ…さすがに割り増しすぎだろ。お前の分なくなるぞ」
「私は白菜とマロピーちゃんがあればいいよ」
「ちゃんとまんべんなく食え」
「はーいお母さん」


ふざける柊の器に長ネギを入れてやった。しかも青いところ。嫌いなものを入れられて、彼女は不服そうな顔をした。






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