「お願いできます?いやいや、そんなこと言わずに。…まぁ、そうなんですけど。もうお姉ちゃんになるんですし、いいじゃないですか。……あ、す、すみません調子に乗りました、ごめんなさい。…はい、分かりました、すみません……あ、これから『お姉ちゃん』て呼んでもいいですか?…わぁっ、ご、ごめんなさい!撤回しますからガラス越しに叩かないで!痛い、きっと痛い!」


「あ、久しぶりー。元気だった?はみちゃんは?…そっか、よかった。…うん、楽しかったよ。同い年の友達もできたしね。検事の女の子なんだけど、今度紹介するよ。…え?そうだよ、その子。何で知ってるの?…あぁ、そっか、成歩堂さんね。そういうことか。じゃあ、あの子も君のこと知ってるんだよね?それなら話は早いねぇ。…え?うん、実はね……」


「もしもし、久しぶり…ってほどでもないか。うん、式の日取り決まったご連絡だよ。○月×日の18時からね。内輪だけでやるから、そんなに大きくないけど。…うん。大丈夫?無理しなくてもいいんだよ。…え、そんな簡単に休み取れるもんなの?……あぁそう、女王様効果だねぇ。…ん?なんでありませんよ。それでさ、ちょっと頼みごとがあるんだけど―――」


「ええ、そういうことになりました。…電話ですみません。はい。もちろんです。事務所の皆さんで来て下さいね。…はい、そっちも手配しますので、楽しみにしておいて、と伝えてもらえますか?ええ。…ふふ、ありがとうございます。…それから…あのことですが、あれから彼と話したんですが―――」


「はいはい、お電話替わりました。…って、私は別に替わってないか。うん。お陰様でね。…うん、ありがとね。…心音ちゃんは?…あぁ…やっぱり。泣くの早いよーって言っといて。…え?あれ、ちょっと?…君まで…もう、気が早いなぁ。当日どうなっちゃうの?…まぁいっか。ほら、大丈夫だよ。うん、そうだよ。比良城柊は大丈夫です!……ね?じゃあ、後は当日にとっといてよ。……え?心音ちゃんが替わりたいって?無理しなくていいのに…」


「……………落ち着いた?…そっか、うん、よかった。…ごめんね。…違うか。…ありがとう。本当に、ありがとうね。……ちょ、えっと…ごめん、せっかく落ち着いたのに。…うん…もう…勘弁してよ、こっちまで……あ、ちょっと迅さん、今こっち来ないで。……いや、別にティッシュ要らないよ、ちょっと結膜炎なだけだよ。目がかゆいんだよ、だから頭撫でなくていいよ、……もう、なんなのさ…」




通話を切って携帯をテーブルに置いた彼女は、そのままそっぽを向いてしまった。そろそろとティッシュを1枚とったが、見ないふりをした。


「…心音、泣いてたか」
「…うん。…なんか、法介くんまで泣いてた」
「泥の字は放っとけ。…そうか、師匠に謝んなきゃなァ」
「…あなた、わるく、ないでしょ。…わたしが…泣かしちゃったの」
「同じことだよ」


そう言って、彼女の頭をぽすぽす撫でた。彼女がいっそう短く息を吸ったので、頭を少しだけ引き寄せる。すると、自分から彼の胸に額を押し付けてきた。ぎゅ、と服が掴まれる。


「…スピーチ、カグヤさんに頼んだけど、断られちゃった」
「だろうなァ」
「『文章考えるの面倒』だって」
「俺には『そういうのは友人代表か上司がやるもんだ』って言ってたな」
「別に大きな式じゃないから、そういうの関係ないんだけど…」
「『私はあの子の義姉ではあるけど、友達じゃない』、だとよ」
「…姉弟そろってツンデレ乙ですよ、ほんとに」


軽く笑い声を立てる。少しずつ、落ち着いてきたようだ。


「だから、友人代表で冥とマヨちゃんにやってもらうことにしたよ」
「マヨ…綾里のお嬢さんか」
「うん。マヨちゃんも冥も大事な友達だから。…同じ感じで、成歩堂さんと御剣さんも、2人に挨拶頼んだよ」
「…わかった」


式の日取りを決め、招待する人も決めた。他にもあれこれ、膨大な量の決め事を片付けてやっと、あぁ結婚するんだなぁと実感した柊であった。そんなことを言ったら彼に頬を潰されるだろうけれど。知人、友人、恩人。色んな人たちに電話で祝いの言葉をかけられる度、ここまでやってきて本当に良かったと思えた。
7年間、様々なことがあった。あの日、彼を有罪にしてしまった時から。死刑執行日が近づくほど、柊の精神は侵されていった。彼には話していないけれど、執行日直前は精神安定剤がないと眠れないほどだった。これでもし刑が執行されてしまっていたら、自分はどうなっていたのだろうと思った。まず間違いないのは、今ここにはいないということだ。


「…迅さん」
「ん?」
「迅さん、」
「なんだ」
「迅、さん」


どうしたよ、と苦笑する声が聞こえた。これまで四半世紀以上生きてきたが、名前を呼んで答えが返ってくることがこんなに嬉しいことだなんて、知らなかった。


「…呼んでみただけ」
「なんだそりゃ」


彼は力の抜けた風に笑った。一緒に笑おうとしたけれど、ちょっとうまくいかなかった。


「あんまり泣くと、外出られなくなるぞ」
「だって、」
「指輪見に行きたいって言ったのお前だろ」
「…冷えピタ」
「まぶたに直接貼んのか?」
「…じゃあ、保冷剤」
「はいよ」


ちょっと待ってな。ぽん、と一度頭を撫でて、ソファから立ち上がった。


「ついでにシャリシャリ君も」
「俺にも1本よこすんならいいぜ」
「アタリ出たらね」


やっといつもの調子が戻ってきたようだ。何だかんだで、軽やかに軽口を叩いている彼女が好きなんだろう。正直に言うことは、多分ないけれど。でも、彼女にかかればいつか白状させられてしまうかもな、と彼は冷凍庫の取っ手を掴んだ。




さつきあめ
(あなたと歩くと 誓ったから)



――――――――――――
海外研修の話、完結です。お疲れ様でした。無事に最終回を迎えた記念に、やっとこさそれらしいタイトルをつけました。由来は某女性歌手さんの某曲です。これを聴きながら最終回書いてて、何とはなしに歌詞を調べたら「ん?歌詞の内容イメージぴったりじゃね?」と思ったので、タイトルにしました。ずっと海外研修の話って言ってたので慣れないでしょうが、どうか可愛がってやって下さいませ。
内容に関しては、マヨちゃ…真宵ちゃんについてだけ。どうして彼女がいきなり出てきたのかと言いますと、柊の友達だからです。冥ちゃんと初めて会った時に「同い年の女の子の友達は1人しかいない」って言ってましたが、それが真宵ちゃんです。彼女もナルホドさんがああいうことになって、その後柊もあんなことになったので、通じ合うものがあったんじゃないかと思います。
さて、これ以上長くなると野暮かと思いますので、この辺で。これまで読んで下さって本当にありがとうございました!

20140105 桜雲


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